人によく思われたい。力のある人と評価されたい。
そんな気持ちをぼくはずっと持っていました。今も全くないかと言われればうそになる。
自分の実践を語る時、ついつい「盛って」話してしまいがち。いい部分だけを切り取って話す。うまくいっている部分だけを語る。活躍している子だけを紹介する、等々。見ているのは「自分だけ」だからいかようにもできるわけです。
普通盛の牛丼なのに「特盛」にして出してしまう。
「すごいねー!」といわれて、本当にすごいんじゃないかと勘違いしてしまう。そんなことがよくありました。
ちなみに、これは公立校の多くの「学校研究」の冊子や本にも同じことが言えます。書いてあることと実際のギャップ。モリモリに盛って書いてあるのは、当事者はみんな知っています。
話がそれました。
そういう「自分を盛る感じ」を突きつけられる瞬間。ぼくは1冊目の本を出版したときにやってきました。
効果10倍の(学び)の技法 シンプルな方法で学校が変わる! (PHP新書)
- 作者: 吉田新一郎,岩瀬直樹
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2007/04/17
- メディア: 新書
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2007年に出版した本。読んでくださった方々は当然、「岩瀬はこれを実践できている」と判断します。当然「見せてほしい」となるわけです。書き終え、出版されてから、
「言っていること」と「やっていること」が一致しているのか?
という問いに常にさらされることになりました。
「岩瀬さん、本当にやれているなら授業見せてよ。」
この一言が突きつけられるわけです。正直やりきれていないこともありました。
同業者(教員)の若い人たちなら何とかごまかしがきくかもしれない(亀の甲より年の功で)。きかないかもしれないけれど・・・
この本は新書だったので、あろうことか学校外の人たちから多数声をかけられるようになってしまったのです。
大学の先生、プロのファシリテーター、OBS
(Outward Bound Japan | 公益財団法人 日本アウトワード・バウンド協会)の副校長、企業の方、等々。
沖縄県の指導主事、元教育長の方々が大挙して来てくれたこともありました。なかなかヒリヒリする感じの人たちがくるわけです。
出会ったばかりのちょんせいこさんが来たときもドキドキしたなあ…。
苫野一徳さん、杉山史哲さんが来てくれたときも緊張したなあ。
そういえば今、軽井沢風越学園設立準備財団で一緒に活動している本城慎之介も2007年頃に参観に来てくれたんだった。今思えば運命の瞬間だった。
参観者が来る度、毎回毎回、ぼくは「ほんとうにやれているのか」という問いと向き合うこととなりました。
当然やれていたり、いなかったりラジバンダリ。でも「実践を外に開き続けること」が、どれくらいぼくを前に進めてくれたかわかりません。自分に見えていること、見えていないことが、毎回いただくフィードバックから明らかになっていきました。「痛い思い」をすることもしばしばでした。
でも、学校外の方の参観が多かったからこそ、既存の学校文化の外からのフィードバックがぼくの実践をより前に進めてくれたなあととも思います。
「お互い先生って呼び合うのって、変な文化だねー」
「自分のこと先生って呼ぶ人たちってどうなの?」
「○○さんは、今日の授業では置いていかれている人になっていたんじゃない?」
「そもそも、なんでこの形にしているの?不自然じゃない?」
なんて痛いのも。でもそれが自己強化にはまらず、少しずつでも自分を問い直しながら実践を変えていく力になりました。痛かったけどね。
もちろん、自分では気づいていなかった、自分の実践の価値を知る機会にもなりました。なかでも2007年にAさんにいただいたフィードバック、
岩瀬さんの学級は「有機農法」。
有機農法のよさは、
いろいろ複雑にからみっている豊かさ、
論理で説明できないもの、
常に変化しているもの、
右肩上がりでなくてUp-Downがあるもの、
破壊と建設をしながら育まれていくもの、
弾力がある、柔軟である、
一見、無駄なようでいて、無駄がないもの、
だから種が、自ら取捨選択して栄養を採り入れ、育っていく、
育つ力は当然、強くなる、
は、それ以降のぼくの実践の核となりました。
たくさんの方の目にさらされ、実践を真ん中において対話を重ねることで、ぼくは自分の実践を切り取り、発信する言葉が丁寧になっていったとも思うのです。。
自分の実践は見えているようで見えていない。
いや、見たいように見ています。
だからこそ。
外に実践を開くことで、見えていなかったこと、見たくなかったことに向き合い、自分の中で当たり前になっていることを問い直す契機になります、ちょっと痛いけれど、その価値はあるなあと。もっと言うと、外に開くことなくして、教員としての成長はないでしょう。
「言っていること」や「書いていること」と「やっていること」のバランスが取れているってすごく大事だなあと思うわけです。その判断は自分ではできない。外の人が必要なのです。
今週金曜日、大学時代の親友(悪友)、神吉宇一と登壇します。大学時代、どうしようもない2人だったけど、何の因果か、今や2人とも大学の教員。もう笑うしかない。そこで話すことを整理していて考えたことを書きました。
ではお休みなさい。