いわせんの仕事部屋

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学級づくりの研修

長野県松本市の研修センターで研修をするようになって3年目。リーディングスクールアドバイザーなるものを拝命している。


昨年度の「学級づくり研修」(90分)が高評価だったようで今年度も依頼を受けた。

意味と価値のある時間をつくりたかったので「少なくとも3時間はほしい」と交渉し、無事3時間いただけることに(春休みに行った学級づくりワークショップは6時間だった。タイパの真逆をすすんでいる)。
参加者は60人。

「この指とまれの希望者研修に!といい続けてるんだけど、どうしても「学校全員で参加」というイヤイヤの人も来てしまうがそれもまあ仕方なしか。全校である意味は分かるので。

さて、ぼくにとって,どれくらいの時間かというのはかなり重要。
というのも、最近の研修デザインを,たっぷりとした学習者体験をベースに,それを実践者として振り返ったり、理論と繋いだりという「立場の切り替えデザイン」(岩瀬命名)」

にしているからだ。

例えば、研修スタートをくじ引きの座席のスクールモード(一斉講義用の前向きの座席配置)にして、その感じを味わう(学習者体験)。そのことを振り返りつつ、
アイランドに空間を変えた時に起きる差異、グループのコミュニケーションの変化などを,観察者の帽子に被り直して分析したり,理論と繋いだりする。

そうすることで、教室の「場のつくり方」や「関係性の構築」の理論が、他者事ではなく自らの体験として腑に落ちやすい。

さらに実践者として,学習者としての体験、観察者としての分析をどう活かすか考える。

例えばこのように、実践者と学習者,観察者を行ったり来たりしながら実感知を伴う学びの機会をつくりたいので、どうしても通常の2倍くらい時間が欲しいわけだ。

そのほかにも、

・マイクロ・インタラクションの繰り返し


・足場かけを構成的に開示的に行うプロセス重視の学び合い


・体験をベースにした理論ー実践のサンドイッチ

 

など、自分なりの研修デザインのパターンを整理しながら行っている。
特に,若い先生には「構成することを恐れない」「すぐれた構成があることで結果として子どもが自由になっていく」を実感してほしいな。

だいぶ手応えのある研修がつくれるようになってきたなと思う。

これを機に松本の小学校,中学校に関わる機会にも恵まれありがたい。

去年度は松本、埼玉、愛媛、そして大人の研修デザインということで、全教連の全国大会でも冒頭の基調講演で「研修づくり」をテーマに2時間半のワークショプをさせていただいた。実は学級づくりと研修づくりの研修は根底でつながっている、と僕は考えている。
12月には、2日間という依頼が神奈川であり,参加者の皆さんとあれこれ悩みながら充実した時間が過ごせた。

来年度もどこかで長めの尺で学級づくりや研修づくりの研修をやりたいなと思っている。

 


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冬休みに読んだ本

メモ代わりに。冬はのんびり本を読みましたよ。

☆☆☆

「今度はあなたたちの番です。何も難しく考える必要はありません。人生は宝探しなのです。嫌でも歩き出さなければならないのだし、それなら最初から宝探しと割りきった方が楽しいに決まっているではないですか。そう、楽しめばいいのです。

旅の途中には多くの困難があるでしょう。世の中は好きになれない人間、同意できない人間でいっぱいです。中には嫉妬や憎悪、悪意など、あらゆるマイナスの感情を持って、あなたの冒険を邪魔しにかかる人間もいるでしょう。私の前にも、そんな人たちが何人も現れました。そのたびに、私はいちいち彼らを憎んだり恨んだりしたものだけれど、いまでは感謝さえしています。皮肉で言うのではなく、ああした人たちがいなかったら、せっかくの宝探しもひどく味気ないものになっていたと思うから。」

 

☆☆☆☆

「相談する」という当たり前のようでいて、実は非常にハードルが高い行為に焦点を当てた一冊。

相談を単なる「問題解決の手段」ではなく、自分と他者をつなぐ「対話のプロセス」として捉え直している点にある。「きく」を大切にしたいと思いつつ、ついついアドバイスしちゃったり助言しちゃう自分。当事者研究ともつながっていて興味深い1冊だった。

 

 

☆☆☆

傍におきながらたくさん使ってみるしかないね。
この冬休みは、オンラインでの研修を機にNotebookLMをいじりまくり、だいぶ使いこなせるようになった。その研修で紹介された本。

刺激を受けたので「claudeをつかってみよう」と思い立ち1ヶ月限定で課金してアプリ開発にチャレンジ。2日間かけて、アイデアメモとリフレクションのアプリをつくろうとしたが途中で挫折。いいところまで行ったんだけど、思うような機能にならず力つきた。でもいじっているうちに仕組みが少しわかってきたので、
「まてまて、まずは元のアプリの補助機能をつくる方が安心だし、うまくいくと思う気がするなそんな気がする。まずはchrome拡張機能を作ろう」
とチャレンジしたら1時間くらいで大成功。
やりたいことがめちゃくちゃシンプルにできるようになった。
調子に乗って、macbook専用アプリにしてみたらこれもまた成功。ノーコードでつくれてしまった。達成感半端ない。

手を動かす時の相棒になりそうな本。ネットで検索するのが早いのだろうが、やはり50代は本が安心する。

、「を年す TSA Q校索 nd ማ TasksBoard Genspark Aqua Voice S 設定 ChatGPT ChatGPTAtlas Atlas o ゴリ ゴり初作成 ক ABBYY ABBYYFin...ScanSnap Fin... Fin...ScanSnap Discord Discord」というテキストの画像のようです

ちなみに右下がぼくがつくったアプリ。機能は内緒。めちゃ便利。

 

☆☆☆☆☆

これは絶対買い。
大人の研修づくりの本ではあるが、日々の授業や校内研修と幅広く応用できる。
それなりに歯応えがあるので、今同僚5人と読書会をしている。
研修づくりの解像度がグッと上がる本。名著。

 

☆☆☆☆

文字の読めない移動生活者の少年と、
学校で浮いている孤独な少女の出会い。差別や偏見をまっすぐ描いた、著者の最後の未邦訳本。イラストも美しい。手元に置いておきたい本です。

☆☆☆☆

さとさんの著作シリーズ3作目。

ゲラの段階から読ませていただきました。今の関心ど真ん中。書評は改めて書きます。これも読書会したい本だな。

☆☆☆☆

最近話題のジャンル、「日記」。たくさんの作家の「日記」が読めるので入門としてもおすすめ。最近読んでいた伊藤亜和、古賀及子、植本一子の名前を見つけて購入。おもしろかったー。
個人的には鳥トマトさんの日記にハマり、著作を追うことに。

Kindleで一気読み。なかなかです。

 

 

今読んでいるのは遅ればせながらこれ。

庭の話

庭の話

Amazon


並行して、今日はこれからこれを読むよ。

では。

子どもと本をつなぐ

新年だ。だいぶ経ったけど。

思い立って今年は、文章にすることを頑張りたい。noteにするか、古いブログを再建するか悩んだが、結局はてなブログのほうに。

仕事のこと、プライベートのこと、読書のこと、Facebookから徐々にこちらに移行していくようにしよう。

一つ目はフェイスブックに書いたことをリライトして、記録として載せておきます。

 

子どもと本

子どもが安心して、自由にふるまえる空間、ていねいに選ばれた、一定の基準を満たす蔵書、それに、子どもと本の仲立ちをする大人、この3つの条件がそろっているところでは、子どもたちはどこでも、面白い本に出会い、楽しい時間を過ごせるし、現に過ごしています。そして、子どもが本当にくつろげる、快適な空間を用意するのは誰か、心を砕いて本を選ぶのは誰か、と考えると、この条件の中で、いちばん肝要なのは、子どもと本を結ぶ人だということがいえます。

(松岡享子『子どもと本』岩波新書)

 

肝要なのは「人」だと、松岡さんは言う。
空間づくりや蔵書の充実はもちろん大切だが、やはり「子どもと本の仲立ちをする大人」の役割が最も重要なのだと、改めて意を強くしている。
従来の「仲立ち」のかたち
学校図書館における「仲立ち」を考えるとき、従来は次の2つに分けて捉えられてきた。

①間接的な仲立ち
「学校図書館便り」「本の展示」「POP」など、本を手に取ることを促すさまざまな手立て。
②直接的な仲立ち
カウンターでのレファレンス、ブックトークや読み聞かせ、ストーリーテリング、図書館利用の授業など、一定の枠組みを持った場での働きかけ。


これらは確かに大切な実践だ。しかし、風越での5年半の経験を通して、この②をもっと拡張して考えることが大切だと実感した。

 

「風」のように学校を吹き抜ける


風越では司書教諭は、校内を縦横無尽に動き回っている。授業に顔を出し、そこで子どもやスタッフとやりとりする。休み時間に出会う子どもたちやスタッフともたっぷり対話する。
まるで「風」のように学校中を吹き抜けながら、さまざまな子どもたちやスタッフの実践に出会っている。
そのやりとりは探究や知りたいことの相談、読書の相談、ただのおしゃべり、時には悩み相談にもなる。たくさんの関わりを日々生み出している。スタッフからは授業の相談、単元づくり、プロジェクトの設計について声がかかるが、それだけにとどまらない。


日常的な関わりの中で、その子はどういう子なのか、どんなことに関心があり、これまでどんなふうに成長してきていて、今どんな感じで、どんな願いがあるのか——全人的な理解を深めていくプロセスが、自然と進んでいく。この関わりは、長い時間軸で子どもたちと一緒にいる学校図書館ならではのものだ。


この日常的な関わりの積み重ねの中で、どんな本をつなぐのか、そしてそのタイミングを探っていく。普段の授業の様子を見ているからこそ、子どもの姿を知っているからこそ、タイミングよく授業の相談にのれる。
カウンターから飛び出してつながっていく

それは、風のようにライブラリーを流れ続ける専門性だ。

 

すべての教員が「仲立ち」できるように


そして、ここからが大事なことだと思っている。
専門性の発揮とは、自分が仲立ちをすることだけではない。子どもの近くにいる一人ひとりの教員が、授業でも日常の読書でも、本と子どもの仲立ちができるようになることを支援することだ。
ぼく自身この環境で鍛えられ、5年半で随分できるようになった。まだまだ修行の身だが、日常的なやりとりの中で、本を手渡すタイミングや選び方、子どもの興味の捉え方を少しずつお稽古している。

このお稽古を大切に続けたいと思う。
それはその子自身と、その子の関心に関心を寄せるぼくらの教員としての専門性と真っ直ぐにつながっているはずだ。

軽井沢風越学園を退職します。

この3月をもって、校長職を退任し、軽井沢風越学園を退職することにいたしました。現9年生とともに、卒業の日を迎えたいと考えています。1年生から9年生の子どもたちには、今日(10月15日)、その旨をお話ししました。

 

学校づくりの始まりとこれまでの歩み

2016年6月22日。理事長・しんさん(本城慎之介)と東京駅で出会って学校づくりはスタートしました。開校準備の時間を含めて約10年、実際に学校として歩み始めてから5年半。これまでの道のりは冒険と呼ぶにふさわしいものであり、今もなおその途中にいます。

たくさんの期待を背負い、僕自身もたくさんの理想と期待を持って開校した2020年。理想を描くのは簡単ですが、それが実現に向かう道のりは険しかったです。コロナ禍もあり、さまざまな制約の中で子どもも大人もそれぞれが全力で学校づくりに向き合ってきましたが、それでも険しい道のりでした。

ようやくこの2〜3年、じわじわとよい学校に向かっていると、子どもの姿から実感しています。

校長として思うように力が発揮できていないと感じた時期も正直ありました。しかし、スタッフ、保護者の皆さん、そして子どもたちに支えられながら、自分なりの校長像を模索し、ひとりのつくり手として一生懸命歩んでくることができました。そのことに深く感謝しています。

「子どもこそがつくり手」をめぐって
8月に、かぜのーと「一緒につくる人としての子どもの存在」を書きました。

一緒につくる人としての子どもの存在 | かぜのーと | 軽井沢風越学園

 

 

その中にこんな一節があります。

 

「子どもこそがつくり手」。

 

ことばにするのは簡単だが、実装するのは本当に本当に大変なこと。

学校教育の新しいかたちを探究する。スタッフと共にこの5年半、さまざまな制約の中で、せいいっぱい積み重ねてきたし、でもその道のりは正直ものすごく険しかった。ぼく自身もたくさん苦しみ、でも諦めずにここまで共に、なんとか歩んでこられたと思う。

振り返れば、10年前に掲げた冒頭のことばは、いま子どもたちの言葉や姿に確かにあらわれている。ここまで諦めずに向き合い続けた子どもとスタッフに敬意と信頼でいっぱいだ。

軽井沢風越学園のありようは常に暫定的で、見方によっては「まだまだ」なのかもしれない。だがしかし理想の学校の姿なんてどこにもない。それは理想の社会がないのと同様に。だからこそ「まだまだ」だと変わり続けていること自体が、学校をよりよくしていくための条件なんじゃないかと思う。

 

大切にしたいことを大切にしながら、よりよいってどういうこと?と問い続けながら、よりよくしたいという意思を持ったものが考え続け、手を動かしつづける。「変わり続ける」意思をもった人たちが、共に影響を受け合いながらつくり続ける状態そのものが、よりよい学校の姿なのだろう。そう思うとぼくらはよりよい学校に向かっていると思う。

 

この流れを大切にし続けるためには、流れをつくり続けるためには何が大切なんだろう。それは、この冒険の主人公である子どもという存在への敬意、スタッフという存在への敬意なんだろうと思う。そのために日々の微細なできごと、微細な変化に目を向け続けること。その中にわたしたちの営みの確かな手応えがあるはずだ。

 

今、軽井沢風越学園は「まだまだ」のこともたくさんありつつ、よりよい方向に力強く向かっています。子どもも大人も、それぞれが誠実に、一生懸命風越づくりに向き合い、つくってきたからこその現在地。ここまで一緒に冒険を続けてきたことに、言葉にできないたくさんの感謝があります。

 

退任・退職の理由とこれから


この10年、私なりに全力で務めてきました。

私はこれから、「子どもこそがつくり手」であるということを、軽井沢風越学園だけではなく、公立学校に広げていくようなはたらきをしていきたいと思っています。

私が風越というプロジェクトに参画した一番大きな理由は、「公立教育が変わっていくことに貢献したい」という思いです。55歳を迎え、残りの人生をどう歩むかを考えたとき、改めてその初心に立ち返り、公立学校に関わることに力を尽くすことを決意いたしました。これが今回の退任・退職の大きな理由です。

「子どもこそがつくり手」であることは、風越だけが大切にしたいことではないと思います。私は残りの人生を賭けて、より多くの子どもにこの実感を届けたい。

昨年卒業したチーが、こう言っていました。
「(自分たちだけでなく)こういう場が全国に広がればいろんな属性の人たちが過ごしやすかったり、楽しくなるんじゃないかなって」。

(かぜのーと 「影響しあいながら 私らしい私の輪郭をつくっていく」より) 

 

影響しあいながら 私らしい私の輪郭をつくっていく | かぜのーと | 軽井沢風越学園

 

私は、その役を担いたい気持ちがあります。

子どもたちは「ゴリさんらしいな。つくり手であり続けるんだな」と応援してくれるんじゃないかなとも思っています。とはいえ、4月以降のことは具体的にはまだ決まっていません。ゆっくり考えていこうと思っています。

 

風越は「子どもこそがつくり手」を真ん中におき、子どもとスタッフが共につくる学校として育ってきました。毎日その姿を見るたびに、本当に頼もしく、誇らしく思っています。

任期はまだ半年あります。最後の日まで誠実に努め、子どもたちとスタッフとともに、よりよい学びのコミュニティをつくっていけるよう尽力してまいります。後任については学園内で相談すると共に、学園外にも呼びかけ募集し、しっかりと引き継ぎを進めてまいります。

 

改めて、この10年余りに渡り共に学校をつくってきてくださったすべての方々に、感謝申し上げます。軽井沢風越学園がこれからも変わり続ける学校であることを願い、皆さんの変わらぬご理解とご支援を心よりお願い申し上げます。

校舎でお会いした時に、ぜひみなさんとゆっくりお話したいです。

 

軽井沢風越学園 校長 岩瀬直樹

 

 

 

子どもが大人を超えていく。

この1年、子どもたちがぼくら大人をどんどん超えていく感じがしている。

ぼくらがあたまでわかっていること、それは例えば、異年齢が大事とか、子どもこそがつくり手であるとか、探究することの価値とか、自分自身で「わたしらしいわたしになっていく」とか。

彼らは、たくさんの経験の中で実感を持ってその大切さを当たり前のように手元に持っている。頭で理解できていても、なかなか体現できずにもがいているぼくの横を軽やかに超えていくんだよな。

 

 

>風越ってどんな学校?

 

ユキ:

「出る杭を育てる学校」。やりたいことを「ピュッ」って出したら、それを刈り取るんじゃなくて、「よーし、育てよう!」って水と肥料をドサーッてかけてくれる感じ。もちろん、育ちすぎると他の花の栄養を奪うこともあるけど、そういうこともあっていい。花壇じゃないところに咲いている花も草も、ぜんぶちゃんと大切にする。

 

モミ:

すごいわかる!普通は、花壇の中に咲いた綺麗なバラとかチューリップばかり大切にする感じがするけど、風越はその周りで雑草も伸びていて、その雑草も大切にする、ということが当たり前にできる学校かな。あちこちでいろんなものが芽を出していて、そのどれにも肥料をドバーッとあげる感じ。伸びろーって。

 


ユキ:よくわからないけどすげえ、みたいな人がわんさかいるじゃん。こいつもすげーあいつもすげーって見る癖がついた5年間だったな。だから困っていたり、自分がダメだなーってなっている人のすごいところがわかるようになったの。「いや十分お前はすげえんだ」って(笑)。

 


モミ:

面白い人にたくさん出会ってきたし、面白いものをたくさんつくってきた5年間でもあるなって。風越ってゼロから自分たちでつくっていく、種から育てていくことがいっぱいあった。イチからじゃない、ゼロからなんなんだよ。その種から出たものは花でも雑草でもどんどん肥料をあげて育てていく。落ち葉だって掃かずにそのまま大切にする感じかな。荒れ放題に見えるかもだけど、生態系は豊か。綺麗で真っ白で整っていて、という学校じゃ面白くない

 

 

kazakoshi.ed.jp

学校はもっとおもしろくなる。

小学校の教員を22年やった。いろんなことはあったけど、ぼくにとっては学校はいつも楽しかった。子どもとつくる日々はおもろい。「〜したい」という潜在的な好奇心にあふれた人々が集まり、いっしょにつくる場所がおもろくないわけがない。そうなっていないとしたら、それを阻害する特別な力が働いていると考えた方がよい。
もちろん学校には残念なことが山のようにある。問題だらけであることは重々承知。とはいえ「だから学校はダメなんだ」は飛躍していると思う。「学校教育はダメだ!悪だ!」とばかりに学校を悪の象徴にするのは結果的に子どもと教師を追い詰める。
公立の学校で可能性を奪われていく子のために、オルタナティブな場をつくる。放課後や休日の活動の場をつくる。それで救われてい人はたくさんいる。そこには素晴らしい人々がコミットしてくれていて素晴らしい活動が広がっている。だからこそぼくは違うアプローチをしたい。せっかくたくさんの子が来る学校時代を「おもろい場所に」。そう思うのだ。だってほとんどの子がくるのだから。
学校を「変わらないどうしようもない場所」と置くのではなく、「学校自体がおもろくなったらいいのじゃないか」、そう思って学校づくりに関わっている。
その可能性にかけられる根っこには、ぼくの教員経験がある。教員になって2校目のT小学校。破天荒な学校だった。学校のお祭りは地域の保護者が食べ物の出店をだしてくれ、駄菓子のお店もある。子どもも思い思いにお店を主店。特設の舞台では出演したい人が自由に演じる。そんなお祭りが日常の行事だった。
6年生は学校でお泊まり会。校庭で小グループごとの「食べ物屋」を出し、そのイベント限定の通貨でお買い物。保護者も当然お店を出す。わるい大人はその横で夜の会のために三浦直送の巨大マグロの釜焼きをじんわり焼く。夜はキャンプファイヤー。終わると全校を使った肝試し。放送室からはこわい音楽。
大人も子供もキャーキャー喜んだあとは、教室で就寝。「日本の夜明けを見るんじゃ」と徹夜しようとする人たちも頼もしい。「大人にあまり迷惑かけるなよ」と言葉をかけて放っておき、大人は音楽室でマグロの釜焼きを摘みながら飲み会。楽しかったなあ。「地域の子を育てよう」と熱く語りながら。おおらかな時代だった。おおらかは大事。おおらかでないとよいものは育っていかない。
運動会は地域と共催。ほとんど練習もなく出たい競技にでる。徒競走に出るだけで参加賞がもらえるので、出たくなかった人もうっかり参加する。お祭りだった。
教員も仲良かった。職員旅行でオーストラリアに行ってた。5、6年の先生で沖縄に行ったり。「いい職員室をつくれないやつにいいクラスは作れない」と言ったSさんが中心でつくった職員室。放課後の教育談義は日常茶飯事だった。
飛び跳ねていた若者であったぼくにも「岩瀬さん面白いことやってるねー!」なんて言ってくれる職場だった。ぼくは少しずつ、一緒につくること、シェアすることの喜びを知った。
学級通信を全ての先生に配り合う文化だった。「低い公平性」ではなく、よいものを学び合う「高い公平性」を目指していた。
Sさんは本気で「学校は変わる」と確信していた。ぼくはそのバトンを受け取った。
「学校は変わる」。強烈な原体験がぼくを支えている。学校を諦めたら子どもに失礼じゃないか。どんな環境にいる人も来る学校。そこをおもろくしたい。好奇心に満ち溢れたひとが集まる場所なんだから、なんとかなるはず。大人はそこに知恵を絞ろう。大人こそ面白がろう。学校を責めても何も変わらんよ。
昭和のノスタルジーかもしれない。ジジイになってきたからかもなとも思う。現場は撤退戦を余儀なくされている。でも妄言はジジイの特権と思うことにする.
学校以外のところで子どもを救う活動、子どもの可能性を広げる活動はたくさんある。その数はどんどん増え、その質はどんどん上がっている。次は学校の番だ。
22年のサンプル数1の実践だけれど、その可能性を実感できた。ぼくが「おれがなんとかしなくちゃ」を手放すたびに、子どもたちはその先に軽々と進んでいった。変わるべきは大人だ。そう思えば問題は手元に引き寄せられる。子どもはいつの時代も、思う存分力を発揮できる場を待っている。
繰り返しになるけれど、ほとんどの子が来る公立の学校。その可能性を諦めるアプローチではなく、その変化可能性を追求したい。ぼくはぼくでできるアプローチを。その道は簡単じゃないけれど、これまで出会ってきた子どもを思い浮かべるたびに「それってなんとでもなるじゃん」って思うのだ。一緒につくればいい。子どもを侮っていてはいけない。
「常識を疑えば学校はもっとおもろしろくなる」。これはぼくが14年前に『食農教育』で初めて連載したときのタイトル。今もそう思う。自分が経験したこと学校でそれは変わらない、という思い込みを手放そう。「幸せな子ども時代を過ごせる学校って?」から再設計しよう。
自分にできることをあと少しあれこれやってみます。そんな簡単じゃないこともよくよくわかってます。夢を見ているわけではない。日々現場で疲弊している方々がいるのは、現場にいたぼくはよくよくわかっているつもり(その感覚は鈍ってきている自覚もあるけれど)。
でも可能性を手放すのは子どもに失礼だと思う。
大人が「でもなんとかなるんじゃん?」をおもしろがる。本当に子ども時代が大事だとおもうのならば、共にあれこれ試行錯誤したい。
小さい,手元のことでいい。手元のことがいい。自分をいかしていきたい。
他人事にできないこと,大切なことを手元において、ていねいに生きていこうと思います。

たそがれ、自然、海、地平線、ビーチの画像のようです

 



教師の学びを学校の真ん中に置くという挑戦


教師の学びを学校の真ん中に置くという挑戦
 軽井沢風越学園の「スイゴゴ」から見えてきたこと

 

「学校がよりよくなっていく」ということは、「実践がよりよくなっていく」ということと、まっすぐにつながっている——そんな確信を、わたしは日々強めています。

そして、実践をよりよくしていくためには、教員自身が日常のなかで学び、学び合っていることが欠かせません。

しかし、そのためには時間仕組みが必要です。


 

スタッフの学びを学校運営の核に

 

軽井沢風越学園では、スタッフの学びを学校の運営の中心に据えています。

毎週水曜日、子どもたちは昼食後に下校し、13時半からはスタッフだけの時間がスタートします。この90分間の研修時間は、「スイゴゴ(水曜午後)」という愛称で呼ばれ、全スタッフが集う貴重な学びの場となっています。

また、月に1日は「研修日」として、子どもたちはお休み。スタッフだけが集まり、終日研修やミーティングを行います。毎週90分、月1回終日研修できるのはまことに大きい。立ち止まれます。

こうした仕組みの構築は、わたし自身の公立学校での葛藤から生まれたアイデアでした。

 


学びたいのに、学べない——公立時代の原体験

 

かつて私は、公立小学校で研究主任を務めていました。そこで痛感したのは、「学びたいのに、時間がない」という現実です。

教員は本来、強い成長欲求をもっていると信じています。学ぶことに喜びを感じ、仲間と対話を重ねながら、よりよい実践を探究したい。

けれど、日常業務の忙しさに追われ、その機会が極端に乏しいのです。とにかく時間的余白がない。研修したくても「次取れるのは半年後かな」みたいな現実。

 

だからこそ、風越をつくるとき、「物理的に学べる仕組み」を制度として組み込むことに強くこだわりました。


 

「みんなが研修担当」に

 

開校から6年。スイゴゴのあり方にも、大きな変化が起きています。

かつての校内研修は、研究主任が一手に担うのが一般的でした。私自身も、孤独な戦いを経験してきました。

今年度の風越では、「みんなが研修担当」という姿に変わりつつあります。

 

研修コーディネーターが年間計画を描き、実際の週ごとの研修は、各「ブランチ(いわゆる校務分掌)」が、企画から実践まで担当します。

たとえば:

  • テーマプロジェクトに関する研修は「テーマプロジェクトブランチ」

  • マイプロジェクトに関する研修は「マイプロブランチ」
  • 異年齢コミュニティ「ホーム」に関する研修は「ホームブランチ」

  • 保護者との関係づくりは「保護者コミュニティブランチ」  などなど

 

このように、研修の企画・設計・実践をリレーのように引き継ぎながら行っているのです。つまり、スタッフ全員が「学びをつくる側」になっているとも言えます。

現場のニーズにあった研修がタイムリーに打てるようになってきました。


 

失敗もあった。それでも育ってきた文化

当然、最初からうまくいっていたわけではありません。

開校から数年は、「忙しいんだから、それぞれの時間にしてほしい」といった声や、研修中に内職をしてしまうスタッフもいました。

けれどここ数年、とくに昨年度後半から今年にかけて、明らかな変化を感じています。

研修を「自分たちの学びと成長の場」と捉える雰囲気が、スタッフの間に根づいてきたようにみえています。


 

研修を“自分ごと”にするということ

 

今日のスイゴゴは、「記録・評価ブランチ」が担当する研修。

幼稚園から中学部までのスタッフが、それぞれの実践をエピソードとして記録し、共有し合う時間です。しかも、研修の冒頭のインストラクションでは、大学を卒業したばかりの新任スタッフが、今日の保育のエピソードを生き生きと語りました。胸熱。

 

 


そのあとは、幼稚園スタッフから中学のスタッフまで、みんなが「個のエピソード記録を書いてみる」チャレンジ。お互い書いたものは読み合いつつ、風越での12年間つながる記録と評価について考える時間です。

 

誰もが場に立ち、学び合う文化が育ちつつあること。自走し学び合う組織。

そのプロセスを、今、頼もしさと誇らしさをもって見つめています。


 

学び続ける学校であるために

もちろん、研修の質はまだまだブラッシュアップの余地があります。

けれどその改善に、「みんなが関わっている」ということが、何より未来への希望だと思うのです。

 

教師の学びを、学校の仕組みの真ん中に置く。

軽井沢風越学園では、そんなチャレンジをしてみています。