いわせんの仕事部屋

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教室情景の見える化&インフォーマルなコミュニケーションの大切さ。

Facebookからの転載です。

 

【学校の情景の見える化】

 

 新学期スタート。保護者と良好な関係を作りたいと考える一方、コロナ禍で懇談会が行われるかも見通せず、どうやって関係をつむいでいくか悩む4月初めです。

 

保護者と直接会ったり話したりする機会も時間も極めて少ない。

その結果、共有できている情報や情景は、我が子から漏れてくる断片のみ。ごくわずかになります。

この情報の共有の少なさが「不信」や「不安」を招きやすい。

つまり、

 

・保護者にとっては学校での子どもや学級の様子がわからない(関心が高いにもかかわらず)。

・教員にとっては家庭での生活や、保護者の思いや考えを知るチャンスが少ない。

・直接コミュニケーションをとる機会と時間が極端に限られている。

・連絡を取り合うのはトラブルが起きた時(マイナス状況)が多くなる。

 

 

「幸せになってほしい。そのための力を身につけてほしい。成長してほしい」。

実は保護者と教員の思いは大きな方向で一致しています。場所は違えど同じ子の幸せに関わっているからです。にもかかわらず、保護者と教員はコミュニケーションをとる機会がほとんどありません。

 

お互いのことを知らないまま進んでいく学校。

保護者は、子どもからの断片的な話や噂(LINE等々・・)、かつての評判などの少ない情報から学級で起きていることを推測するほかありません。保護者も我が子の学級への関心は高い。少ない情報を何とか集めて全体像を想像しようとするのはある意味当たり前のことです。

 

一方教員にとっても保護者と関係を築く機会がほとんどなく、連絡を取り合うのはトラブルがあったときばかり・・・

 

これではいい関係を築けるはずもありません。

お互い違う情景をみながらの断片的なコミュニケーション。

同じ子を見ているのに、全く情景を共有していないのが現状です。

 

そこで、

【まずは学級でのポジティブな情報を保護者に伝えるチャンネルを複数持ちましょう。】

例えば、

 

・校内SNSを活用する

・写真や学級通信で様子を伝える

・教室のエピソードを電話や手紙、連絡帳等で、短くてもいいのでこまめに伝える

・会って話す機会を設ける

・参観や懇談会で子どもの普段のステキな姿を共有したり、保護者の思いや感想を知る機会を作ったりする。

・授業参加の機会をつくる、一緒に授業を創る    等々。

 

目的や状況、関心に応じて方法は山ほどあります。



教員は毎日子どもたちを見ていますから、一人一人の成長やかかわり、エピソードを見つけられる立場にいます。

それを様々な方法で保護者に伝えるチャンネルを持ちましょう。

例えば学級通信。授業の様子や子どもたちのエピソードを伝えることで、情景を共有でき「子どもを大切にしてくれている」ということが伝わります。

また個人的に電話や手紙、一筆箋などで、その子のポジティブな情報を伝える等々、方法はほんとうにいろいろ考えられます。

 

複数持つというのがポイント。一つのチャンネルだけでは共有できない可能性もあります。どのチャンネルが自分や保護者とマッチするかもわかりません。いくつかプロトタイプを試してみましょう。



その結果

子どもや学級の様子が保護者に伝わり、一緒に成長を喜んだり、保護者と担任が子どものことで対話できるようになっていったりして、良好な関係が少しずつ築かれていくはずです。

保護者にとっては、他の誰でもない我が子のことを知りたい!!(親として切実)。

 

【教室情景の見える化】で保護者とコミュニケーションをとるよいきっかけができるかもしれません。

今の学校では保護者がやれることが少ない。動くならまず学校、教員がきっかけ作りをすることが必要です。

 

何もせずにいい関係が作れる、なんてことはないのです。

実践やエピソードの発信の先の優先順位圧倒的1位は外部やネットではなく、まずは最も身近で「知りたい!」と思っている保護者です。「保護者対応」なんて失礼な言葉を使ってる場合ではないとぼくは思います。

追記。
メールで、2年目の若い先生の相談に乗っていて気づいたこと、それは
「共有すべきエピソードを持っていない」≒一人ひとりとのコミュニケーションが少ない、ということです。

まずは一人ひとりとの関係をつくること。そのためにはまずは一対一のコミュニケーションの量です。一斉授業をしていてはその機会はなかなか難しい。

ぼくはインフォーマルな時間を活用していました。

朝早めに教室に行って子どもたちを迎え、登校してきた子たちとおしゃべりしたり、ゲームしたりする(相手は毎日変えて公平であることが重要)。
休み時間、給食の時間にも毎日相手を変えておしゃべりする。

行間休みは、子どもと一緒に遊ぶことの優先順位をあげる(これほんと大事)。
このようなインフォーマルなコミュニケーションの時間が実は最も大切だったりするわけです。まずは一対一のコミュニケーションの量です。

これだけで結構なこと解決するんじゃないかな。

 

学級の名簿を見てみましょう。一人ひとりとどんなコミュニケーションをとったでしょう。どんなエピソードがうかぶでしょう。その子はあなたといい関係を築けている、と思っているでしょうか。


若いうちは、例えば授業の技量が高くないのは仕方のないこと。でも年齢が近い分、関係をつくりやすいかもしれない。悩む前に手と足を動かしましょう!

コミュニケーションの壁を下げるべきは、まずは自分です。自分から子どもに向かっていくのがスタートです。先生としてではなく、ひとりの人として学級のすべての人と出会いましょう。豊かな関係をつくっていきましょう。

朝、学級の子に会ったら、「おはよー!昨日さー」と向こうから話しかけてくれておしゃべりがスタートするようになっていたら、「先生ってクラスのみんなと仲いいよね」と公平に見えるようになっていたらいいなーと思います。



では良い1日を!

岩瀬学級訪問記

Facebookの「過去のこの日」で、学級担任最後の年の参観記があがってきました。いただいたことをすっかり忘れていた。

 

現在は上越教育大学で教師教育に関わられている大島崇行さんからの「岩瀬学級訪問記」です。

自身の実践者、探究者としての記録として、

私はこれからどこにいきたいのか、どうありたいのかを定めるための材料として、

公立校の可能性を一緒に考えるための素材として、

大島さんの許可を得て、ここに載せておきます。

今は学級アプローチではなく、学校としてのアプローチをしていることの意味と価値と責任を考えたり。

 

この先に歩み始めてますよ、いま。

 

 

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岩瀬学級訪問記


今回の岩瀬学級の訪問の目的の1番は,岩瀬さんの「先生」としてのあり方を感じることでした.
目的はバッチリ達成でした.
きっとそうだろうなあと思っていた,いやそれ以上の姿がそこにあり,自分の予想は間違っていないなってことを確信することができました.

 

<訪問メモ>
★朝の歌
朝から衝撃.岩瀬さんの異常なまでの笑顔による形態情報.
そういえばかつて岩瀬さんと笑顔の話になった時に,岩瀬さんは笑顔の練習をしていたって言っていたなあ.もう染みついているんだろう.言葉でフィードバックするわけでものなし,笑顔で空気を作っている.
朝は歌.まあ,普通の学級の歌声.なんだか安心した.どこぞのカリスマ教師の学級のビデオのように学級が「少年少女合唱団」になっていない.
こういう姿に「ああ,大丈夫なんだ,ガツガツいかなくてもいいんだ」と安心させられる.
決して教師が満足する歌声ではない.僕ならここで,「う〜ん,声が小さいなあ.もう一回やってみよう」と声をかけてしまいそう.
さて,岩瀬さんはどうする?子どもたちは?
岩瀬さんは子どもたちに話しかけない.子どもたちも先生を気にしない.リーダーの子がみんなに呼びかける.「どうだったか周りの子と話してみて」.
子どもたちは周りの子と話し合う.その後サークルになって全体で対話.この間,岩瀬さんは終始ニコニコ笑顔.みんなの様子を見ながら,脱いだ服がそのままになっている子の服をたたんであげる.父の姿.これも形態情報.こういうところで安心感をつくっているんだなあ.嬉しいよな.
子どもたちは,「歌う→周りの子たちと感想→サークル対話→歌う→サークル」の流れで活動.自分たちで進めていった.
2回目の歌の入りを聞いて感動.鳥肌がたった.明らかに1回目と歌声が違う.ああ,こういうことなんだなあ.自分たちで決めて自分たちで行うことの力は.
声の大きさ,伸びやかさ,表情.やらされている感のゼロの雰囲気だった.途中でCDが止まった時の子どもたちの対応もいいなあ.次のどうするかを決める.笑い声もあって.
「普通」の学級は,あんなときは先生の方をむいて,先生の指示を待つんだろうな.この子達は,「イワセン」を見ない.自分たちで決める.

★朝の会サークル
きっと日本中で行われているだろう朝の健康観察.だけど,こんな方法は初めて出会った.みんながみんなに健康状態を聞き合う.「○○どう?元気?」「うん,元気」こんな会話がサークル内で四方八方乱れるように行われている.生き生きとした感じ,暖かな空気.ああ,いいなあ.
朝の対話のコーナー.今朝の対話テーマは「もしもスーパーヒーローになったら」.もうどうでもいいっていうくらいのたわいのないテーマ.でも,こういう意味のない下らないテーマであることに意味があるだろうな.こういうテーマで話ができる.楽しめる.こういう対話をして,関係ができているからこそ深い話もできる.きっとそうなんだと思う.リーダーが「始めてください」というと,近くの子と話し始める.「この子とじゃなきゃダメ」というわけではなく,近くの子と.中には3人で話しているグループもあり,1人になる子はいない.
周りの子たちとの対話が終わった後,リーダーが「誰か発表してくれる人いますか?」というと,たくさんの子が手を挙げて話をする.聞き方もいい感じ.話している子の邪魔をしないし,適度にツッコミをいれたりする.受容的な空気だった.
1時間目に入る前から子供達の自己決定だらけ.先生の判断による指示は殆どない.こんな学級なら子どもたちはぐんぐんと力を伸ばしていくんだろうなと納得.


★1時間目 自立チャレンジ(ブロックアワー)
教室内には終始,優しい空気が流れている.子どもたち同士のいじりもあり、それは優しいいじりである.ガツガツしていない学び合い、しっとりとした空気.それぞれの目標に向かって学ぶ姿.
朝から1限をみると,やっていることのダイナミックさや緻密さには違いがあるが,やっていること方向性は岩瀬さんも僕も似たようなことをしている.でも、決定的に子どもの姿や学級の空気が違う.きっとその違いを生んでいるのは僕になる.僕の立ち居振る舞いだ.僕には子どもたちをコントロールしたい病があって、自由にさせながらも結局は枠にはめようとしている。表面的には自由だけど、決して自由ではない。僕が子どもたちを掌握しやすいように,そのための手段として自由な環境を作っているにすぎないのではないかと気づく.これは,力による指導を選択する教師や,徹底的な一斉型で子どもたちを見事にコントロールするような教師と,その延長線上にいる.僕は僕のためにやっている.
岩瀬さんは子供達のチカラを信じているし、それがぶれていない。そして、自らが楽しんでいる。そこが子どもたちに伝わっているんだろうな。
そういえば,6年生定番の卒業カウントダウンカレンダーを作っていない. 子供達が言ってこないから?あらら,会社活動ポスターもないや.必要ないからなんだろうけど,でも会社活動ポスターあってもいいような.誰が何の会社か可視化できるから.何でだろう・・・?聞いてみたい.
休み時間は10分.10分しかなくてもアルゴなどで遊ぶ.岩瀬学級は遊び道具にあふれている.そういえば,学校ってこういう遊び道具ってないよな.持ってきていいのは冬の期間だけ.子どもは外で遊ぶものだ,外で遊んだほうがいい,というのが前提になっているんだろうな.もちろん,外で元気に遊べば体力もつくし,仲間とも関係性を結ぶことができる.でも,外で遊ぶのが好きじゃない子もいるし,外で遊びたい気分じゃない時もある.
大人だってそう.休日にアウトドアを楽しみたい時もあるし,美術館や映画館に行きたい時も,そして家でゴロゴロしていたい時もある.
でも,子どもたちの休み時間にはその選択肢があまりない.「外で遊ぶことがいいことだ」プレッシャーをかけられ居心地の悪さを感じている子もいるんじゃないかなあ.休日じゃなくて休み時間だからでしょって言われれば,そうなのかもしれないけど,45分間×5コマ(6コマ)集中して「勉強」しているんだから,それくらいの自由裁量があっていいんじゃないかなあ.
読書ノートを見せてもらう.ブッククラブのためのノート、振り返りジャーナルと同じ大きさ。話し合うことをメモしている。感想、人間関係図など。

★2時間目 算数
インストラクションなし。直ぐに学び合い。男女関係なくグループを組む。
インストラクションに関して自分は原稿を何本か書いたけど,「ああ,そういえば,そうだったな」と気づかされる瞬間だった.今まで書いてきた原稿には,「インストラクションは丁寧に.」「価値もきちんと伝えて,枠組みをしっかりすることがポイントです」なんてことを書いてきた.でも,それだけじゃないんだよな.段々と学級内で目標が共有されていって,学級の文化ができてくると,あまりインストラクションをする必要がなくなってくる.むしろインストラクションがノイズになることさえある.だからその学年の終わりくらいになると段々とインストラクションの時間は短くなってくるんだよな.インストラクションはなくったっていんだよなってことに改めて気づく.
今度の原稿にはそんなことをかけたらいいなと思った.
子どもたちは「○○先生〜(TT)」って呼ぶけど、「いわせーん」って呼ばない。興味深いなあ.
子どもたちが学んである間に岩瀬さんと対話.
岩瀬さんから,次のような話をお聞きした.
春から構成的な人間関係づくりを沢山してきている.例えば,お試しのグループ活動.様々な組み合わせができるような工夫をする.例えば,理科授業ではくじで決めたチームで実験を行ったり、国語授業のチームは班のメンバーでやったり。同時期に様々なグループ・関わり合いがある.
うんうん,納得.朝の様子をみてもその一端を垣間見ることができる.朝のサークル対話,健康観察.楽しく,気楽にこどもたちの関わりを生む仕掛けが山のようにある.こういう活動の積み重ねが今の学級にあるのだろうな.
だから,算数の学び合いも流動的な人間関係だそうだ.算数だけのグループができる.きっと試行錯誤した結果,このようなグループが算数をするにはいいと判断したんだろうって岩瀬さんが言っていた.
ぼーっとベンチに座って考える,岩瀬さんへの質問.
・サークルベンチとか、畳とか無くてもこういうクラスはつくれるか?
・新しいネタを持ってきたときはコントロールしたくない?こうなって欲しいなって思うはずなんだけど。
・インストラクションするときとしない時ってどんな時。

★なんでピタゴラ装置をすることになったのか?
クリスマス会の時にピタゴラスイッチをしたグループがあって、それが好評。
それじゃ、理科のてこの単元でできるんじゃないかと導入。最後だから思いっきり試行錯誤させたい。女子のトラブルがあったから癒しの意味もある。
単元構成は、「ピタゴラスイッチ作り→てこの勉強、これ使えるんじゃないかとアイディア生まれる→ピタゴラスイッチ作り 全9時間andテスト」という流れ.
ピタゴラ装置づくりが,大学院に来ての自分の気づきに重ね合わさる.大学院での衝撃の一つに図画工作がある.自分は図画工作の授業に出ていた.教授の話を聞いて,自分で作ってみて,ああ図工っていいなあって思った.感性と情緒とかって本当に重要.素材の感触を確かめたり,試行錯誤したり,わけのわからないものを作ったり.仲間と大きな作品を作ったり,色を塗ったり.そんな時間って尊い.現場に戻ったら,美しい作品づくりの図工を目指さない,協働の作品づくり,感性の図工をもっとしたいなって思っていた.そこにこのピタゴラ装置.見ている方には,ピタゴラ装置づくりを楽しいんでいるようにしか見えないけど,きっと子供達はもっと多くのことを感じているんだろうなって今の自分は思える.

★4時間目後半  三年生と自主学習ノートの学び合い
岩瀬さんのインストラクション.岩瀬さんのインストラクションは,嫌味がない.テンポがいい.三年生に対してのインストラクションでも1分ほど.ノイズがなく,本当にシンプルでいて,核心をついている.見事だなあ.
自主学習ノート異学年のプログラムデザインも秀逸.
最初2時間顔合わせをして6年生と3年生が一緒に練習.最初1週間は毎日チェックしてあげる.その後それぞれ頑張ろうね〜って別れて1週間.そして再開が今日のこの時間.1週間毎日見ていた子の1週間ぶりのノート.それは,6年生は気になるよなあ.3年生も頑張ろうと思うよなあ.ほんと見事なデザイン.
★5時間目 ブッククラブ
ブッククラブ見ることができて本当によかった.ずっと見たいと思っていたことが叶って嬉しい.こういう時間を僕は作りたい.こういう時間が国語の時間に保障されてしかるべきだよなって思った.
今日の授業デザイン
・5分間自分のノートや本を見直し、何を話すか考える
・場を作る
・ビーイングで今日の目標を決める
 (前にビーイングしている 子どもたちビーイングの中から選んでいた)
・あらすじからスタート
・14:45まで
「非・バランス」のグループ(たまたま,僕は非・バランスを数ヶ月前に読んだのでこのグループを選んだ)
女の子4人のグループ.
「さらさんは場所知らないはずなのに山まで迎えに来たのは何故?」
「いやいや、迎えに行ってないよ。」
「あっ,そうなんだ」
読みの事実確認が行われる.誤読ってしているんだなあ.こういう事実確認って必要なんだな.
でも,事実確認ばかりで終わると残念だなあと思っていたところで,「なんで万引きしたんだろう?」って問いがグループの中で起きる.
「中学に行って、色々変わろうとして、ストレスがたまったんだと思うな」
「私は,クールに生きるということを勘違いしているからだと思った.万引きすることとか人に冷たくすることとかがクールなことだって勘違いしているんじゃない?」なんてことが話し合われていて,彼女たちの「今」の中での生き生きとした問い・考えが語られる.
これって,一斉指導の教科書での学習ではなかなかできないことのように思われる.自分で選んだ本,自分の読みの確認,読みの中で生まれた問いを仲間との対話すること.こんな環境だったからこその彼女たちの対話だったのだと思う.
一方,「なんで、男の人はお茶って言っていたのに山に連れて行ったんだろう。」
「作者かさらさんと主人公を会わせたかったから無理やり作ったのかな?」
「でも、そこまで詳しく男の人のことをかかなくていいよね。」
「なんでかなあ。」
なんて対話があった.
また,隣の別グループでは,
「誘拐みたいだよね。」
「ついていく主人公も主人公だよね。」
「やばいって思うのが遅くない?」
なんて対話があって,結構この子達って批判的に物語を読んでいるんだなって思った.主人公に感情移入しないのか,まだ,小学生段階ではそれほど共感できないのかなのかな.
「なんでさらさんは泣いていたんだろうね。」
「知らない。」
「知らないじゃないよ。この子が傷ついているのが分かっていたんだよ。」
A「やっぱり、私が喋りすぎていたよね。」
B「しゃべりすぎ。」
A「だってみんな,しゃべらないんじゃない。仕方ない。」
C「私がしゃべっていなかったから。」
A「そうふうに考えると公平じゃなかったね。」
A「こないだから比べるとできることが増えた。沈黙が減った。」

★放課後のリフレクション
Q:教室で岩瀬さんは何を見ているか。
A:その子のエピソード。それまでの時間の流れ、その時間の動き。一人一人の物語を読む。気持ちを想像している。
このQ andAが興味深かった.僕は,子供達の物語を語れるか.否.そこが岩瀬さんとの大きな違い。
岩瀬さんは,一人一人の物語を見ているからこそ、子供達の姿を見て,自分の出番について考えることができる.待つのか,見るのか,話しかけるのか・・・って.
教室に1つの集団じゃない.教室の30人,一人一人にそれぞれの物語がある.その一つ一つを見ようとするのか,しないのか.そこが担任としてのあり方として核になるところなじゃないかな・・・.

★<感想>
 最初にも書いたけど,僕は岩瀬さんの先生としてのあり方を感じたかったです.今回はそのあり方を感じることができる幸せな1日でした.一方,現場に戻ったらどうしようかと決断しなくてはならないなということが明らかになる日でもありました.
 子供達の過ごしやすさや安心感.これを生むには環境がとっても大切.そのために畳やベンチ.これらが岩瀬学級にはマッチしていた.僕も教室に畳を置いていたんだけど,こういうのってやっぱり派手.今の学校現場では導入がためらわれるもので,先生が誰でも導入できるっていうわけじゃないです.
 僕は,「幸せなこども時代」をサポートできる先生になりたいって思っています.また,先生誰しもがそうなれると思っていて,岩瀬さんのようなマインドをもった先生が増えていくといいなって思っています.
 だからこそ,誰しもができるようでない環境でやっていくのってどうかなって悩みます.    

でも・・・・.  

う〜む....
 
ここが悩みどころだなって.
まあ,あと1年あるので考えますw.
6−3の子達.めっちゃ可愛かったです.あの子たちはきっと,幸せな子供時代を過ごせているんだと思います.
6−3のみんなにも,改めてありがとうとお伝えください.


振り返りの4象限と、人とのかかわりを磨くことと、カゲ口と。

最近、リフレクションについて改めて言葉で整理し始めています。

毎週末に、親友、中川綾と30分「振り返りを書くってどういうこと?」で対話し、言語化を試み始めている最中。
彼女との対話は思考と言語化が進みます。長いこと対話し続けている信頼があるからなー。

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こんなメモが、対話をきいてくれた同僚が、こんなステキなファシグラに。
はたちゃんありがとう!(風越の同僚です)

 

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上記のように、第3回では振り返りを4つの象限に整理してみました。

 

正確には、6つの象限があると考えているのですが、ここでは振り返りをはじめようという人をイメージしてあえてシンプルに4つに。

3つのレイヤーは以下の本をご参照ください。リフレクションを考えるならこの本は必読中の必読。基礎文献です(『教師教育学』も読みたいところ)。

 
例えば、左下の「自分のミクロを振り返る」象限。

自分が他者とどう関わっているか。その関わりは過不足のない関わりなのか、を振り返るところですね。

対人援助職ではここが最も大切な専門性を磨くところですが、意外と注目されていない盲点です。自分がどんな声で、どんな表情で、どんな言葉をかけているか、あるいはかけていないか。どこに立っているか。それは他者にどう見えているか。

幼児教育に携わる人は、右下の「子どものみとり」を徹底的に磨くことが多く(その一つの方法がドキュメンテーション)それは圧倒的だったりします。風越のスタッフもすごすぎる。まるでビデオを撮っていたように、エピソードを再現できるんですよ。徹底的にみているんですね。小学校教員でここが得意な人は多そうで実は少ない。子どもを集団でみがちなんですよね。

 

この4象限で自分の振り返りのクセを知り、盲点になっているところを意識してみると、視野が広がるはずです。
例えば右下と左下を相互にいったりきたりすることで両者が磨かれ、逆に言えばどちらか片方だけでは、まだ「見えているようで見えていない段階」とも言えるわけです。

 

中川はぼくのリフレクションの伴走者でもあります。

詳しくはこちらを。リフレクションの書き方も解説している入門書でもあります。2人がどんなやりとりをしているのか、ぜひ読んでみてください。

読んでわかる! リフレクション みんなのきょうしつ増補改訂版

読んでわかる! リフレクション みんなのきょうしつ増補改訂版

 

 

 

 

 

なんてことを中川と話しながら整理しているわけですが、そんな時にとんでもない本に出会いました。

久保健英が所属するスペイン1部リーグのビシャレアルのコーチである佐伯さんの本です。

 今日読み始めたんですが、最初の50ページでズガンと撃ち抜かれます。

 

人とのかかわりを磨くこと

いやーすごいですよ、この本。

一流のサッカーコーチたちが、自分の他者へのかかわりをビデオに撮り、徹底的に内省して成長していく取り組み。
ちょっと長いですが引用してみます。

 

一人ひとりのコーチングをつぶさに撮影しました。選手たちへの声かけや、どのタイミングでどことを見ているのか、何に注目して指導しているのかがわかるよう記録しました
ピッチの外からコーチの姿や声をカメラでとらえるだけではありません。撮影される側のコーチには胸にアクションカメラとピンマイクをつけてもらいます。そのコーチに指導された選手たちが、その指導をどう受け止めているかを探るためです。

そのコーチの指導を前向きに受け止めているのか、それとも萎縮しているのか、もしくはまったく理解できないのか。そういったことが、コーチの胸につけたアクションカメラ に映る選手の表情や動きに鮮やかに浮かび上がるのです。

 

そうやって撮影したビデオを見て、私たちコーチは互いに指摘し合います。 「あんなにシリアスに言ってしまうと、選手は怖がっちゃうよ」などと指導者のアティチ ュード(態度)に言及するものもあれば、「あそこは選手に自分で考えさせたほうがよか った」というものも。もちろん良い指導を認め、「あの声がけは良かったね」と褒めたりもしました。

 

それまでは、ビデオに撮るのはチーム全体のプレーであり、ビデオを見ながら「全然走ってないね」などと評価の対象になるのは選手でした。ところが、このプロジェクトでは、 評価の目が自分たちコーチに向けられます。「なぜ、あそこであの声がけしたの?」と突っ込まれたり、突っ込んだり。コーチ歴の長いベテランも、新人もそこでは対等でした。


私自身、当時ですでに指導歴は20年を経過していました。ベテランコーチと呼ばれる状況です。自分が指導する姿を見ること、仲間に見られること、本当に恥ずかしくてたまりませんでした。コーチ全員が同じ思いだったはずです。


お互い痛みを伴ったわけですが、そこから自分たちのリフレクション(内省)が進みました。この会議によって多くのコーチが自分の指導を見直しました。

 

まさにアンラーンからの学び直し。
自身のミクロなかかわりを徹底的に磨いていってるんですね。恐れ入りました。

ぼくらはどこまでここに自覚的になれているでしょうか。もちろんこんなストイックな方法以外にもいくつも方法はあります。どんな方法でもよいから、対人援助食としての専門性を磨くならここにフォーカスすることですね。がんばろう。

 

昨日の結論としては「振り返りには他者が必要!」でした。そりゃそうだ。自分に自分は見えないからね。

 

この本、個人的には53ページの「ペティコミテをやめよう」も、おー!という感じ。経験と重なります。

ペティコミテとは、「ミニ会議」のこと。日本で言うところの派閥のような「ここだけの話」というひそひそ話のコミュニティですね。

これがある組織は成長しない組織だと喝破しています。

「ペティコミテだけは絶対にやめてくれ。じゃないとチームとして機能しなくなるから、言いたいことがあったら、自分に言いに来なさい」

が一番最初のルールなんだそうです。

 

カゲ口のコミュニケーションってコストがものすごく高いんですよね。これはこれまで研究主任をやってきた中でも痛感してきました。飲み会でのあれとかね・・・・そこから自分が自由になってはじめて、自分と組織が前に進み始めたなあと言うことを思い出します。
心理的安全性とは、これがないこと、これをしないこと、ここに与しないことだなあと。

というわけで、こちらも並行読みしてます。

 

直感を超えて、優れた実践や研究にあたること。それによって、自身の直感がいい感じなのか、完全に思い込みなのか検証することができますね。

 

さー続きを読みます。それにしてもプロはすげーな。

自分もプロでありつづけたい。まだまだ伸び代だらけだな。

 

月曜日、雪の積もった校庭で子どもの歓声が響いているか

週末、関東も雪が降りそうですね。
コロナ禍でだからこそ、積もった雪で外でたっぷり遊ぼう。

大雪が降った次の日。
子どもたちは、
「明日は学校で雪あそびできるかな−!」と張り切って学校に行く。
しかし東京、埼玉の学校は、
「校庭侵入禁止」が多いと聞く。
曰く、
「校庭が荒れるから」
「すべったり、固い雪を投げて怪我をしたら大変だから」。
えー・・・・・・・・・・・・
声にならない声がもれる。

「コロナ禍だから歓声禁止!」とか。
・・・・・わかるけど・・・・

だったらいっそ休校にしてくれたら、家の前で遊べたのに。
雪が積もった校庭を横目に見ながら授業をする気持ち。

うちの娘の学校も例年そうだったなあ・・・・・・・
悲しすぎる。

 

 

いやいやいやいや。
雪が積もったら、何はなくともまずは雪あそびでしょ。
雪だよ?
次いつ積もるかわからないのよ?
優先順位第1位でしょ。

 

ぼくは幸いにステキな校長に恵まれ、最後の学校でも、
「せっかく積もったんだから、朝は雪あそびだよ。校庭荒れたっていいよ。後から整備すればいいんだから。雪が積もったら雪あそびだよ」
と宣言してくれる方でした。

 

全校の子どもたちは、校庭に飛び出していった。
教職員も混じって走り回っていった。

大人だってほんとはうれしい。
思いっきり雪で遊んだ経験は、つまらない朝の会(失礼)よりずっとずっと思い出深いものになるだろう。

自然に1m離れて遊ぶでしょ。


月曜日の朝、
「せっかく積もったから、職員朝会や朝の会は止めて雪あそびにしよう」
という学校が1校でも多くありますように。

 

安全面は確認すればいい。そのために大人がいるでしょ。

顔に投げない。固めすぎない。マスクはしとこっか。

固い雪だったら雪合戦以外にすればいい。

 

ちなみにぼくは「明日雪が積もっていそう」という日には、
「明日は『雪国の暮らしを体験しよう』という体験学習をする可能性が高いので、全身濡れてもいいようにすべての着替えをもってくるように!!濡れたくない人は、窓から眺めて雪国を味わうよ−!これは学習です、学習。忘れ物しないように!!」と宣言してました。
不思議とこういうときは忘れ物がない(笑)。

大人の仕事ってそういうことでしょ。


月曜日は子どもにとってどんな1日になるかな−。
同僚と下ごしらえして、
「校長先生、今日はやはり雪あそびからのスタートがいいですよねー!ありがとうございます!」となるような作戦を今晩の家に練っておきましょう。したたかにやりましょう。
管理職の皆様、よろしくお願いいたします。


ミドル、ベテラン勢の皆様、全校の子どもたちが幸せになる道を。若い先生をサポートしてください。

追伸:ちなみに都内のある学校「全校あげて雪遊びの予定ですよ〜(*´∀`)♪月曜日は着替え準備のお願いも全保護者にメール配信済み!」だそうです。すばらしすぎる!!マスクも替も持っていっておくといいよね。

画像に含まれている可能性があるもの:1人

3年前にスタッフと共有していた本のリスト。

風越でカリキュラムづくりをする上で、スタッフに「必読ですよ」

と伝えていた本。3年前のリストなので、もうちょっと古い感じもするね。

実際どれくらい読まれたんだろうか。

まだ読んだことがない人はぜひ。

 

★前提

教育の力 (講談社現代新書)

教育の力 (講談社現代新書)

 

何度読み返しても発見あり。さらっと読み流していたところが、読み返すと「がつん」と入ってくることがあります。

ちなみにぼくの『教育の力』はもう3代目。

 

 

  

★子ども、幼児教育

子どもの世界をどうみるか 行為とその意味 (NHKブックス)

子どもの世界をどうみるか 行為とその意味 (NHKブックス)

 

 

 しんさん(本城)と岩瀬が最初に共有した本。

自由を子どもに (岩波新書 青版 879)

自由を子どもに (岩波新書 青版 879)

 

 

 

★自己主導の学び、学びの個別化

「資質・能力」と学びのメカニズム

「資質・能力」と学びのメカニズム

 

 わかりやすいので追加。まずはこれを読むといいかも。

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ライティング・ワークショップ―「書く」ことが好きになる教え方・学び方 (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

  • 作者: ラルフ・フレッチャー,ジョアン・ポータルピ,小坂敦子,吉田新一郎
  • 出版社/メーカー: 新評論
  • 発売日: 2007/03/01
  • メディア: 単行本
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リーディング・ワークショップ?「読む」ことが好きになる教え方・学び方 (シリーズ《ワークショップで学ぶ》)

リーディング・ワークショップ?「読む」ことが好きになる教え方・学び方 (シリーズ《ワークショップで学ぶ》)

  • 作者: ルーシー・カルキンズ,吉田新一郎・小坂敦子
  • 出版社/メーカー: 新評論
  • 発売日: 2010/07/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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★協同

パワフル・ラーニング: 社会に開かれた学びと理解をつくる

パワフル・ラーニング: 社会に開かれた学びと理解をつくる

  • 作者: リンダダーリング‐ハモンド,Linda Darling‐Hammond,深見俊崇
  • 出版社/メーカー: 北大路書房
  • 発売日: 2017/05/26
  • メディア: 単行本
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★探究

学びとは何か――〈探究人〉になるために (岩波新書)

学びとは何か――〈探究人〉になるために (岩波新書)

 

 

深い学びをつくる: 子どもと学校が変わるちょっとした工夫

深い学びをつくる: 子どもと学校が変わるちょっとした工夫

  • 作者: キエランイーガン,Kieran Egan,高屋景一,佐柳光代
  • 出版社/メーカー: 北大路書房
  • 発売日: 2016/10/06
  • メディア: 単行本
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たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」

たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」

 

 

作ることで学ぶ ―Makerを育てる新しい教育のメソッド (Make:Japan Books)

作ることで学ぶ ―Makerを育てる新しい教育のメソッド (Make:Japan Books)

  • 作者: Sylvia Libow Martinez,Gary Stager,阿部和広,酒匂寛
  • 出版社/メーカー: オライリージャパン
  • 発売日: 2015/03/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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★学校づくり

 

アメリカの教室に入ってみた: 貧困地区の公立学校から超インクルーシブ教育まで

アメリカの教室に入ってみた: 貧困地区の公立学校から超インクルーシブ教育まで

 

 

イギリス教育の未来を拓く小学校 「限界なき学びの創造」プロジェクト

イギリス教育の未来を拓く小学校 「限界なき学びの創造」プロジェクト

  • 作者: マンディスワン,アリソンピーコック,スーザンハート,メリージェーンドラモンド,藤森裕治,新井浅浩,藤森千尋
  • 出版社/メーカー: 大修館書店
  • 発売日: 2015/07/01
  • メディア: 単行本
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★必読まで行かないけど読むといいなという本

 

学校を変える力――イースト・ハーレムの小さな挑戦

学校を変える力――イースト・ハーレムの小さな挑戦

  • 作者: デボラ・マイヤー,北田佳子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2011/03/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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きのくに子どもの村の教育―体験学習中心の自由学校の20年

きのくに子どもの村の教育―体験学習中心の自由学校の20年

 
作家の時間―「書く」ことが好きになる教え方・学び方(実践編) (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

作家の時間―「書く」ことが好きになる教え方・学び方(実践編) (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

 
読書家の時間: 自立した読み手を育てる教え方・学び方【実践編】 (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

読書家の時間: 自立した読み手を育てる教え方・学び方【実践編】 (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

 
せんせいのつくり方 “これでいいのかな

せんせいのつくり方 “これでいいのかな"と考えはじめた“わたし"へ

  • 作者: 岩瀬直樹,寺中祥吾,プロジェクトアドベンチャージャパン(PAJ)
  • 出版社/メーカー: 旬報社
  • 発売日: 2014/09/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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今なら例えば下の本を足すな。

 

「探究」する学びをつくる

「探究」する学びをつくる

  • 作者:藤原 さと
  • 発売日: 2020/12/04
  • メディア: Kindle版
 

 

 

 

 

ありのままがあるところ

ありのままがあるところ

  • 作者:伸, 福森
  • 発売日: 2019/12/17
  • メディア: 単行本
 

 

 

成功する「準備」が整う 世界最高の教室
 

 

 

 

 

 

本当に痛い思いをし続けているのは、その先にいる子どもだ。

ぼくの恩師から学んだこと。


「授業はうまくいっているときが要注意なんだよ、岩瀬さん。」

授業に流れができてしまっているから、その流れの中で、本当のことが言えなくなってしまっている人がいるかも。

授業者が「うまくいってると思っているとき」は、起きていることが見えにくくなっていく。バイアスがかかる。そういう時こそ要注意。

 

→いやあこれは授業に限らないなあ・・・・

 


「授業の中で気楽に振り返りをするけれど、それは本当に子どものためになっているのか?」

 

振り返り(に限らず、授業の中でのさまざまな活動は)、子どもの求めではなく、教師の求めで行われていることが多い。
例えば授業の最後は「振り返り」と定型化すること、帰りは必ず振り返りジャーナルを書くことは本当に意味があるのか?

常に「子どもにとってどういう意味があるのか?」を問いながら、子どもにとって必然性のあるタイミングなら振り返りをやる意味がある。
「振り返る=対象から引きはがす」行為にもなりかねない。活動に没頭しているときに止めるほどの必然性があるのか。たった1時間程度の授業で、毎回振り返る必要があるか。その活動は教師のためなのか、子どものためなのか。活動をとめるとはどういうことなのかを絶えず問うこと。

 

→確かに振り返りで閉じるのではなく、明日へ続いていく「開いた状態」で終わったっていい。形骸化すると意味がなくなることって多い。目的が手段に入れ替わるから。子どもの必然性からシンプルに考えること。なんのためかに常に戻ること。

 

「リフレクションは、ある種の自己否定を伴うので痛い。だから避ける人が多いし、フィードバックを嫌う。でも本当に痛い思いをし続けているのは、その先にいる子どもだ。」

→なんと痛烈なことば。プロであり続けるとはどういうことか。人の成長に関わるとはどういうことか。僕自身もリフレクションの質を上げなくては。痛みに向き合わなくては。スタッフ、子どもたちがその先にいる。

 

お話を伺ったときにノートにメモしておいた言葉なんだけど、今読んでも突き刺さる。

「はじめに子どもありき」という言葉は、言葉としてはシンプルだが、そうあり続けることは本当に難しいことなんだと言うことに何度も立ち戻りたい。

 

ストレッチゾーン(知的な負荷)

このブログは、軽井沢風越学園のことからはちょっと離れたことを書いていく予定です。風越のことはホームページに書いているので読んでくださいね。

kazakoshi.ed.jp

 

さてさて。

ぼくの公立時代の実践群は全体像としては、

「のんびりしていて自由そう」と伝わることが多い。

楽しそう、は合っていると思う。でも少なくとも「のんびりしていそう」は違う。


例えば「教室リフォームプロジェクト」だけを見ると楽しそうだし、のんびりしてそう。しかしそれは「自分たちの環境をよりよくしていく責任を自分たちで負う」とイコールなので、維持、改善にも自分たちで取り組まなくてはならない。授業参観前になると、いそいそと掃除を始めるのは子どもたち。使いにくかったら変えるのは自分たち。給食便りが貼っていなくて今日の給食を確認できない責任も自分たち。

 

リーディングワークショップにおいても、例えば6年生では大きなゴールを「好きかどうかは別として、卒業までに『モモ』が読めるようになる」と設定していた。(蛇足だが「大きなゴール」
なので全員に適用しているわけではない)。

モモ (岩波少年文庫)

モモ (岩波少年文庫)

 

『モモ』をよんだことのある人は想像つくと思うが、これはなかなかハードだ。そのためには1年間で相当の量読む必要があるし、実践も相当工夫する必要があるし。なにより伴走者であるぼくもなかなか大変だ。でもたいていはなんとかなるもんだ。


算数においても自由進度の学びの中で、得意な人も苦手な人ものんびりしている暇はなかった。それぞれ「自分のチャレンジ」に向けて常にストレッチゾーンの中にいたと思う。授業は30分過ぎたあたりから集中力がグッと高まっていった。45分ではおさまらない。タイムマネジメントも自分でする。見通しを持ちながら調整していくのは大人だって難しい。「やらされる」ではなく「自分でやる」のだ。

 

振り返りジャーナルは毎日2ページ書くのは当たり前。毎日さまざまな問いで深めていく。自分をメタに眺める。


楽しいぶん大変。大変なぶん楽しい。

教科融合のプロジェクトにおいても、やりがいがあるぶん、(知的な)負荷もけっこうかかっていたと思う。

「〜したい」という情熱から出発するということは、ややもすると、その人自身が安心できる、手持ちの経験や力でそれなりにできるものを選ぶことにもなりかねない。伴走者である大人は、手持ちの力を超えるチャレンジになるようなサポートが必要だ。それは足場を作ることだし、時には刺激の場面をつくることだし、提案することだし、高い壁になることだし、本物につなぐことだ。

「ヒー、大変だー!」と大変そうに楽しそうに探究する。

ストレートに言えば、Hard funになっていない限り、それは「ゆるい学びごっこ」にすぎない。

本人の成長実感こそが次の「〜したい」を生む。自分への信頼、自分の可能性への信頼を育てる。そのためには大変だけど楽しい!となっているかどうかは鍵だ。

「居心地がいい」だけではあっという間に陳腐化していく。


プロジェクトの学びでここ数年話題のHigh Tech High。

ここで描かれている生徒たちのプロジェクトの学びの様子は、圧倒的にハードであり、ハードであるからこそ楽しく、そして本人が成長実感を感じている。

そこには「なぜ学ばなくちゃいけないの?」という問いは生まれない(生まれにくい)。実感しているからね。このドキュメンタリー、レンタルで見られるのでぜひ見てほしい。学ぶとはどういうことか考えますよ。

vimeo.com

この映画を見てハマった人は、この本をどうぞ。

 

「探究」する学びをつくる

「探究」する学びをつくる

  • 作者:藤原 さと
  • 発売日: 2020/12/04
  • メディア: Kindle版
 

 PBL の本の決定版ですね。

 

「イワセンのクラスは自由で楽でいいなーとかいうやついるんだよ!わたしらこんなに苦労してるのに!だれより勉強してるっちゅうの!」

と吠えていたクラスの子を思い出すな。