いわせんの仕事部屋

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振り返りを物語風に。

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ぼくが小学校の担任をしていた頃のお話。

学級では、毎日「振り返りジャーナル」でその日の出来事を振り返ることを日課にしていた。ぼくもまた毎日振り返りを書いていた。子どもたちはノートだったけれど、ぼくは書字があまり得意ではないのでパソコンで。よく考えると子どもだってパソコンで記録していったっていいんだよな。おっと話がわき道にそれました。

「振り返りジャーナル」で子どもとつながるクラス運営 (ナツメ社教育書ブックス)

「振り返りジャーナル」で子どもとつながるクラス運営 (ナツメ社教育書ブックス)

 

ある日の算数。算数は「単元内自由進度の個別学習」で行っていた。その単元の中なら自分のペースで自分の学びやすい学び方え自由に進めていい。もちろんわからないときは友だちに気楽に「ここ教えて!」と聞いていい。

その日の算数はいつにも増して集中した空気に包まれていて、学び合う姿もたくさん起きていた。ぼくも積極的に中に入っていって質問したり、教えたり、見ていたりした。もちろん全部が見えるわけがない。今日、29人一人ひとりの中ではどんなことが起きていたんだろう。ちょっと聞いてみたいなと思った。そこでふと、

「自分を主人公にした物語で書いてたらどうだろう?」と思い立った。

ぼくは〜ではなく、第三者として、「岩瀬は〜」みたいに書く。
ちょっと引いたカメラから自分の物語を、他者の目から書いてみる感じ。作家の時間(ライティング・ワークショップ)を始めたばかりだったし、書くことの楽しさ、人に読んでもらうことの楽しさを味わい始めているときだったので、振り返りを作品のように書くっておもしろいんじゃないかな、と思ったわけだ。
 授業の終わりにぼくの思いつきを提案してみたとき、「うーん、イワセンよくわからないなー」と言っていた人もいたけれど、「ぼくもふと思いついて、うまく行くかどうかよくわからないんだ。試してもいいなーっていう人はやってみてよ。」とお願い。7割くらいの子はやってみたという感じだったろうか。
 
これがなかなかおもしろかった。
自分を客観的(メタ)に見る練習でもあるし、なにより引いて見たることで、自身の再発見があった人もいたようだ。いくつか振り返りジャーナルを紹介したい。名前等は全て仮名で場面も少し変えてあります。
 
まずは、ふうかさん、はづきさん2人の振り返り。この1時間は二人でグッと学び合っていた。同じ時間を共有しても体験していることは当たり前だけれど違う。
 
ふうかさんの物語
キーンコーンカーンコーン。チャイムが鳴った。ふうかははづきの席へ行き勉強を始めた。ふうか、はづき、つかっち、りさで学び合っている。
「つかっち、ここは工夫してやった方が効率がいいよね!」ふうかはいった。
「そうだね!」 つかっちは優しく教えてくれた。
「こうりつってなに?わかる?りさ」
はづきは笑いながら言った。りさも笑いながら首をかしげた。はづきは仕上げの問題を家でやってきていて、わからないところをふうかに聞いた。はづきはわかった振りをして通り過ぎていくところだったから、「はづき、説明してみて。」ふうかは厳しく言った。
「えっとねー、ここはこうだからー・・・」はづきの説明は意味不明。「わかってない!」ふうかが言うと、はづきが、
「先生ーわかんないー」
先生が教えていると、つかっちも一緒にはづきに教えている。ようやくはづきもわかったようだ。はづきがぼーっとしていたので、「ハイクラス問題集やろう!」とふうかは声をかけた。
やっとの事で1問解いた。2問目もなんとかねばって解いた。
はづきはイワセンに自慢げに言う。「ねえ、解けたよ-!」
イワセンも、「力がついたねー!」とふうかをほめる。
ふうかは思った。成長したな−。はづきがもっと力を伸ばしていけるのが楽しみだな-。ふうかははづきにすごく力がついたことをすごくうれしいと思う。
「よーし、もう1問!」
はづきは自分の力で3問目を一生懸命解いていた。そんなはづきの一生懸命の顔はとてもかっこよかった。はづきが解けたときのうれしそうな顔を見て、ふうかもすごくうれしくなった。
 
 
○はづきくんの物語
算数の時間がはじまった。先生の「始めてください」と同時に、ふうかが、「今日はハイクラスをやろう」と元気に言ってきた。はづきは驚いた。まだハイクラスなんて一回もやったことないのに・・・・でも、ふうかと一緒にやってみた。予想通りはづきはわかっていなかった。
でもふうかは、あきれながらも先に進めないではづきをサポートし教えてくれた。何とか2問解けた。最初はやる気にもならなかった。でもふうかに厳しく、「すぐにあきらめるな!」と言われた。はづきは必死に「負けるものか!」と思いながら難しい問題を解いた。解けた達成感は最高だ-!!明日もふうかの厳しい指導で励む。
 
         *  *  *
 
おもしろいなあと思う。ぼくには「ああ2人がんばっているなー」ぐらいにしか見えていなかった。こんなエピソードにあふれた1時間だったんだなあ。
つぎはあやの振り返りジャーナル。
 
○あやさんの物語

○2時間目がはじまった。
あやは予定表がみあたらない。(まーいっか!)と思いながら始めた。今日はいつも通りともなと始めた。
ともなとは算数で仲良くなった。算数で友達ができるのは初めてだ。いつも通り算数をしていると、たなっちが校庭から聞こえてくるソーラン節の音でナゾの踊りを始めながら問題を解いている。(バカじゃないの?)と思いながら算数を進めた。
今日はハイクラステストを進めた。イワセンが、「あや、楽勝?」
あやは小さな声で「うん」とうなづいた。なぜかは、すごく集中していたのに話しかけてきたからだ。少しその声がじゃまだった。だから今日は21問しかできなかった。いつもなら30問以上できていたのに・・・。

「あと5分だよ-」のイワセンの声を無視して続けていたら、「キーンコーンカーンコーン」チャイムが鳴った。(もっとやっていたかったのになー。バトンの練習いきたくないなー)と思って、バトンの練習をし始めた。

 

          *  *  *

 ああ、なんと残念なぼくの言葉。よかれと思ってやったことでどれだけ邪魔をしてきたのだろうなあ。それにしてもあやさんの振り返りからは、「学習のオーナーシップを持つこと自体が、学びのモチベーションにつながる」ことが見えてくる。
 

○ナナさんの物語
チャイムが教室に響く。今、算数の時間がはじまった。
ナナは今日、力をつける問題に挑む。今日は隣のそうたと挑戦するようだ。ナナは鉛筆をとるとカリッカリッカリッと音を立てながらノートを数式で埋めていく。となりのそうたが少し問題を険しい顔で見ていた。そうたはナナに質問した。ナナはそうたに解き方を教えた。
ふと前を見ると、さおりがやさしく、たけしに教えていた。たけしはわからないところをしっかり聞く。みんな必死。問題を解いているうちに、みんな集中して教科書にだんだん体が寄ってくる。わからない人は、もう1人でモジモジしてたりしない。説明のうまい人や、わかりやすい人のところへ行って、助けを求める。聴かれた人は快く教えていた。みんなやさしい。時には厳しい・・・・・そんなクラスになってきたのを見たナナはうれしくなった。そんなことをぼおーっと考えていると、さおりのたけしへの説明はまだ続いていた。ナナは我に返る。さおりはまだたけし一生懸命伝えている。
さおりはまるでたけしの家庭教師みたいだ。さおりを見ているとさおりのようにやさしくて、一生懸命に教えられるようになりたいと夢見る。おいおい、夢見てる場合か!と心のナナが言う。
ナナはまた目の前の問題に手を出す、そしていつしかチャイムが響いていた。
 
○そうたくんの物語
今日も算数がはじまった。分数のかけ算。案外いけるかもと思いながらはじめた。そうたは、終わっていない問題に取りかかろうと思った。隣を見ると、ナナがいた。ナナと終わっていない問題が同じだから一緒に取りかかった。何問かやっていくうちに解き方を忘れた問題にであった。うーん。先生に聞いてもイマイチわからない。
「ナナー、ここどうやるの?」「ここはこうしてー」ナナは手を止めて教えてくれた。なるほどね。わかった。「ありがとう、カナ」いやー、わかるの楽しいな−。「あと5分でーす」
イワセンのかっこいい声が響く。やば。ここだけは終わらせたい。必死に解いた。「休み時間だよ-!」イワセンの声が響く。もうちょっとで終わったのに-。算数が大好きだ。テスト100点とりたいからもうちょっとやろう、と思ったけど、学習計画の表を見てこよう。鉛筆を転がし、紙を見に飛び出した。
  
          *  *  *
 
ぼくたちは、学級をついつい一つの固まりとして見てしまいがち。でもそこに29人いれば、29通りの物語がある。ひとつひとつの物語がつながったり、ぶつかったり、寄り添ったり、絡まったりしながら日々が紡がれていく。
一人ひとりの物語に耳を澄ませること。
一人ひとりの目から、この場はどう見えているのか、何を体験しているのかに目をこらすこと。
 
もちろん全部がわかるはずもないし、全部わかろうとすること自体がいいこととも言えないし、わからない方がいいこともたくさんある。でも一人ひとりが自分の物語を生きているということは、ちゃんと心に留めておきたい。
 
そんな当たり前のことに気づかせてくれた「物語風振り返りジャーナル」でした。
大人もやってみるとおもしろいかも。ちょっと自分を引いて眺めてみる体験になるかもしれません。