いわせんの仕事部屋

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振り返りを考える。

前回の投稿につづいて、2年前の拙稿です。
自分の記録として再掲しておきます。


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1.振り返りを考える
         「ワークショップ」編集委員
              埼玉県狭山市立入間野小学校  岩瀬 直樹
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 11月以来の岩瀬直樹さんのご論考です。そして岩瀬さんも、今号が最
終回です。「振り返り」に焦点を当てた読み応えある提案です。
                           (石川 晋)

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1.振り返りを考える
         「ワークショップ」編集委員
              埼玉県狭山市立入間野小学校  岩瀬 直樹

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 以前、ボクのクラスに杉村厚子さん(プロジェクトアドベンチャージャ
パン トレーナー)が参観に来て下さいました。
 たくさんのフィードバックをもらった中で、一番印象的に覚えているの
が次の言葉です。


 「クラスで振り返りをするときに言語に頼りすぎている感じがする。
言葉での振り返り。でもそれが苦手な子もいるし、ワンパターンにもなりやすいよね。
例えばカードや、モールでオブジェを作るなど、
もっと非言語を活用した多様な振り返りを
した方が、子どもたちの振り返りが促進されるかもね」

 うーん確かに。
 痛いところを突かれたなあと感じました。

 ワークショップの振り返り。

 サークルになって振り返ると、ついつい自分の前に発言した人の言葉に
引っ張られてしまい、同じような振り返りが続くことは、よくあります。
言葉には力があるので当たり前とも言えます。

 西脇KAIという、3人会があるのですが、
つい数日前の定例会(といっても3人ですが)で、甲斐崎が玉川大
学で行われた「心の教育実践研究会「心とからだを育てるアドベンチャー
教育の試み」というワークショップ(講師 Jennifer Stanchfieldさん)
での学びをシェアしてくれました。
 その中で印象的だった言葉が以下の通りです。
 (ボクのノーミソテープなので正確ではありません。甲斐崎には目を通
してもらっているので、ニュアンスは合っていると思います)

 「ジェニファーのWSで印象的だったのが、ボクたちの振り返りって言葉
に頼りすぎてるってこと。振り返り=言葉って体験してきているから、そ
うなってしまっている。でも実はそんなことなくて、もっとArtisticなも
ので振り返ることができる。粘土だって、カードだって。」

 その話を聴いて思い出すエピソードがあります。
 ある年の6年生。
 運動会が終わった後、体育館に集まって、全員で振り返りをしました。
杉村さんのフィードバックを受けて、その頃からフルバリューカードを使
っての振り返りが増えていました(フルバリューカードは本メルマガ20
2号(2012年2月14日発行)の遠藤安孝さんの論考「1.体験を振
り返るアクティビティ」に紹介されています。)。
 http://archive.mag2.com/0000158144/20120214230000000.html
 フルバリューカードから、今の自分の気持ちに近いものを選んだ後、10
分間、体育館の好きなところで1人(ソロ)になって振り返ります。
 そして、もう一度集まって、4人ずつでそのカードを選んだ理由を聴き
合いました。

 メンバーを変えながら3回。ボクは遠巻きにそれを聴いていました。

 ちょうどボクの座っているすぐ近くのグループに、クラスであまり声を
聴くことのないAさんがいました。
 クラスではとてもおとなしく、いつもニコニコしているAさん。
 親しい友達はクラスに2人。その子たちとは話すのですが、
 それ以外に声を聴くことは、あまりありませんでした。
 発表はしませんが、勉強は得意。
 友達との大きなトラブルもなく、穏やかにニコニコ暮らしていたので、
特に気になる子ではありませんでした。

 そのAさんが生い茂る雑草の中に金網のフェンスが立っているカードを
持っていました。
 その金網は真ん中当たりが破れています。
 ボクはAさんが何を語るのか、または語らないのか気になり耳をすませ
ていました。いつものクラスの振り返りではパス。(ボクのクラスではパ
スもOKになっていました)
 Aさんはささやくような小声で、内緒話を耳元でささやくようにこう話
していました。
 「わたしはこの雑草で。目の前に大きいフェンスがあって、なかなか越
えられなくて、でも越えたいと思っていて網に何回もぶつかっていたら穴
があいたのね。それがいま。でもそれでいいんじゃなくて、金網の向こう
側にいきたいと思ってる。」

 そのときのボクの気持ちをなんと表現したらよいのでしょう。
 「見ているだけでは分からないものだなあ」などと書くととても陳腐に
きこえてしまうのですが、その場で動けなくなるぐらいの衝撃を受けた一
言でした。
 ボクが全く知らないAさんの心の内のほんの一部分が見えたのです。
 言語にたよった振り返りでは決して見えなかったことです。

 もちろん、見えなくて良いこともたくさんあります。
 言うか言わないか、伝えるか伝えないかの選択権は本人の中にあります。
 「言いたくないことは言わなくてよい」という原則。ボクがちょんせい
こさんから学んだこと。振り返りにもなくてはならない視点です。

 Aさんが自分でこのカードを選び、自分で語った。
 このことに大きな大きな価値と意味があります。

 Aさんが何をイメージして、網に穴をあけたといっているのかはわかり
ませんでした。
 金網の向こう側のイメージもわかりませんでした。
 でもそれで良かったのだと思います。
 これはAさんの振り返り。ボクが全部知る必要はありませんし、知るこ
ともまた無理なことです。

 しかし、カードがあったからこそ、Aさんの中の言語化されていない部
分が引き出されたのかもしれない。つくづく、杉村さんのフィードバック
がありがたいなあと思いました。

 ボクはそれ以来、そのカードを自分の手帳に入れて持ち歩いています。
先入観や外から見た勝手な解釈で判断しない。
と自分に言い聞かせるために。

 にもかかわらず、ついついボクは、最近また、言語に頼っているなあ、
甲斐崎の話を聴いて気づきました。

 甲斐崎はこうも言っていました。
 「ぼくたちって、いつのまにか無理に『振り返らせてる』のかもしれな
いって思った。『さあ、ではこれから振り返りです』って。ジェニファー
のワークショップでは、『気がついたら振り返ってた』って感じ。リフレ
クションする仕組みがもうアクティビティの中にデザインされているんだ
よね。アクティビティの中でプロセスを振り返って対話せざるを得ない場
面があって、それがとっても自然なんだよねえ。」

 自然と振り返る仕組み。
 振り返りが日常になる仕掛け。

 日々の「振り返りジャーナル」はそのひとつ。
 学級経営になくてはならないものだと確信しています。

 振り返りをどうデザインするか。
 ボクたちはまだまだ学ぶ必要がありそうです。
 まずは、Jenniferさんの本を読むことからチャレンジします。