いわせんの仕事部屋

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「学級経営」を学ぶということの難しさ。実践知をどう共有するか①

今日はちょっと小難しく。

 

日本における学校教育では、近代以降、主に学級を基盤として教育活動が行われてきました。(学級制の歴史はまた別にまとめます。意外と日が浅く、近代の学校のためにつくられた”制度”なんですよね。決して自然な単位じゃありません)

 

 平成20年6月に告示された「小学校学習指導要領解説総則編」の「3 学級経営と生徒指導の充実」においても、以下のように学級経営の重要性が示されています。

日ごろから学級経営の充実を図り,教師と児童の信頼関係及び児童相互の好ましい人間関係を育てるとともに児童理解を深め,生徒指導の充実を図ること。
学校は,児童にとって伸び伸びと過ごせる楽しい場でなければならない。児童一人一人は興味や関心などが異なることを前提に,児童が自分の特徴に気付き,よい所を伸ばし,存在感を実感することが求められており,そのために,生徒指導の一層の充実を図ることが必要である。生徒指導は,児童一人一人の人格を尊重しながら,規範意識をはぐくむなど社会的資質や行動力を高めるように指導,援助することである。
生徒指導を着実に進める上での基盤は学級であり,学級担任の教師の営みは重要である。学級担任の教師は,学校・学年経営を踏まえて,調和のとれた学級経営の目標を設定し,指導の方向及び内容を学級経営案として整えるなど,学級経営の全体的な構想を立てるようにする必要がある。学級経営を行う上で最も重要なことは学級の児童一人一人の実態を把握すること,すなわち確かな児童理解である。一人一人の児童はそれぞれ違った能力・適性,興味・関心等をもっている。学級担任の教師の,日ごろのきめ細かい観察を基本に,面接など適切な方法を用いて,一人一人の児童を客観的かつ総合的に認識することが児童理解の第一歩である。日ごろから,児童の気持ちを理解しようとする学級担任の教師の姿勢は,児童との信頼関係を築く上で極めて重要であり,愛情をもって接していくことが大切である 。

 なかなかいいことが書いてあるなあ、指導要領。新指導要領ではさらに学級について書き込まれています。

 子どもとの日々の営みである学級経営は現場の教員はもちろん、教員を目指す学生や院生にとっても重要な関心事です。熊井の指摘しているように、学級経営は何を教えるかという教科以前に、「学級で教える」という特有の問題に向き合わなければならない重要な課題だからです。
 だがしかし!「学級経営学」という体系化された研究領域は存在していると言いがたいこの国。こんなに大事なのに。学級経営はその要素が複雑で学際的であるため、「学級経営という言葉は、存在しているものの、複雑でつかみどころのないものというイメージ」 のままであるといえます。

 大学の授業でも、学級経営を学べる機会ってほとんどないのが現状です。これは問題。教科教育ばかりやって現場に放り込まれる。どちらが大事という話ではなくどちらも大事。

(だからこそ、つい最近、学級経営学会が立ちあがりました。とても大事な動き。)

www.classroom.gifts

 

 では、学問領域もなく、大学で学ぶ機会がない中で、学級経営は実際にはどのように学ばれているのでしょうか。
 例えば、若手教師は学生時代に教育実習の機会はあるものの、実質は現場に出てから自身の経験や、OJTとして先輩教師から学んでいくということが多いのが現状です。経験から学ぶというやつです。

しかし脇本は、「これまで若手教師であれば、同僚性を基盤とした授業研究の文化に参入することで、教師として成長することができた」 とした上で、若手教師は同僚との関係の中で学ぶことができていたとし、ベテランの大量退職という年齢構造の大きな変化で、若手教師を育成するミドル層が少なくなっている現状を危惧しています。実際都市部では既に起きている危機的な状況です。


 また、山口が述べているように「教員構成が若年化すれば、若手教師が、日常的にベテラン教師から指導・育成される機会の減少に繋がるだろうし、このような機会が減少すれば、指導・育成する側、される側を問わず、教師の力量形成の機会が減少することになる」 ことが危惧されていて、現状山口の指摘は、そのまま現場の大きな課題となっています。


 このままでは、これまで培われてきた実践知が伝承されていかず、今後の若手教師の質に影響を及ぼす可能性があります。

 しかし、先のような現状では、学級経営は、現場に出てからの経験から学ぶか、実践から提案された様々な学級経営論の書籍から学ぶというアプローチが多くなることが考えられます。実際、書店にいくと実践者によって提案された学級経営論の書籍が多数並んでいますし、ぼくも書いてきました。
 

 でも書籍から学ぶのって難しい。

 実に様々な学級経営論が林立している状態であるとも言え、どの学級経営論から学ぶとよいのか、どう学ぶと良いのかがわかりにくい状態であると言えます。ぼくもそれに荷担しているなあと自覚しています。
 

 安藤は学級経営論の変遷を概観すると大きく2つの構成要素があると重要な指摘をしてうぃます。一つは「学級経営の思想・理念」であり、もう一つは「学級経営の技術」です。この2つの要素が組み合わされて整理されると、それは学級経営論として広がっていきます。

しかし学級経営論が生み出されるベクトルと、生み出された学級経営論を手掛かりに実践しようとするベクトルにはズレや変質があるとも指摘しています。

初発段階での学級経営論は、より良い実践の探究から出発し、それを吟味精選するなかから他者と共有できる言葉で実践を表現する『論』を形成していくベクトルを持っている。そのため、具体的な教育技術が精錬されていく過程も、その背景にある思想や理念と切り離しては考えられないものである」 。

 

本来は、この2つの構成要素を一体として学ぶことが重要なのですが、安藤が同書で指摘しているように、理念や精錬の過程では実践に直結しないので、多くの教師は明日の学級経営に直結するような気がする教育技術(方法)としての援用を優先しがちです。(方法のパッチワークとしての学級経営) 

iwasen.hatenablog.com


 現場での実践知の継承が難しくなっている現状の中、学級経営論の書籍等から学ぶというのは、先の指摘のようにどうしても教育技術の援用となってしまいがちです。朝倉も、学級経営はノウハウが流通することによって教育技術として学ばれている側面があると指摘しています。

具体的で役に立つノウハウの流通には、それを処方箋(くすり)のように教師に与えることができ、なおかつ学級経営に役立てることができる、という素朴な前提

があるというのです。
 しかし、この技術志向には問題があるといいます。それは第一に「学級にかかわる問題と原因の矮小化」です。学級における問題は様々な要因が複雑に絡まり合って起きていることがあるが、それに対してある処方箋をあてれば解決する、という学び方は、その問題の原因を問うことなく解決に向かってしまうので「本質的な問題解決への道は閉ざされてしまう」というのです。

これはとても重要な指摘です。
第二には「学級経営をになう教師の実践改善と成長機会を奪うこと」です。省察を通じた専門性の向上の機会が失われてしまう可能性があるからですね。


 このように

教師の知識や技術をそのように(ノウハウとして:筆者注)捉える視点は、教師の実践が状況によって異なることと、教師は実践の中で主体的に知識を形成していることへの着目によって1970年代から批判されてきた

にもかかわらず、日本の現状としては、ノウハウ(教育技術・方法)として学級経営を学ぶしか選択肢がない状況。
学級経営へのニーズは高まる一方、個人的な実践知が埋め込まれている学級経営の様々な提案は、ノウハウとして切り出してしまうと文脈から切り離されてしまうため、共有しにくいものになってしまうという悩ましい問題。

 

では実践知をどう共有していけばいいのでしょう?

そもそも実践知って?

いつかに続く。

 

 

参考・引用文献

・熊井将太 「学級経営論の教育方法学的検討 一学級経営の再評価をめぐる国際的動向」『山口大学教育学部研究論叢(第3部)』,2013,55-68,55頁。
・天笠茂「学級の経営技術」下村哲夫・天笠茂・成田國英 『学級経営の基礎・基本(学級経営実践講座1)』,ぎょうせい,1994,13頁。
・脇本他 『教師の学びを科学する: データから見える若手の育成と熟達のモデル』北大路書房 2015,

教師の学びを科学する: データから見える若手の育成と熟達のモデル

教師の学びを科学する: データから見える若手の育成と熟達のモデル

 

 ↑オススメ本。

山口裕也「構造構成的ー教育指導案構成法の提唱ー実践知の継承・伝承・学び合いの方法論」『構造構成主義研究』第3号,2009,北大路書房,183-211頁。

桐田敬介,「美術教育における専門知のナラティヴ探求について」『美術教育』2012(296),2012,8-14.

・安藤知子「学級を対象とする研究の領域とアプローチ」蓮尾直美、安藤知子『学級の社会学一これからの組織経営のために一』ナカニシヤ出版、 2013, 123頁。

学級の社会学―これからの組織経営のために

学級の社会学―これからの組織経営のために

 

朝倉雅史「教師がよい学級を問う意味とは」末松裕基、林寛平『未来をつかむ学級経営 学級のリアル・ロマン・キボウ』,2016,学文社,65-68頁。

未来をつかむ学級経営:学級のリアル・ロマン・キボウ

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  • 作者: 末松裕基,林寛平,赤坂真二,中村映子,橋本定男,鈴木瞬,朝倉雅史,生澤繁樹,内山絵美子,内田沙希,荻巣崇世
  • 出版社/メーカー: 学文社
  • 発売日: 2016/09/28
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 ※学級経営のことを研究しようと思ったら必読の本二冊。