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いわせんの仕事部屋

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「作家の時間」というアクティブ・ラーニング。

「作家の時間」という作文の学習があります。

 

作家の時間―「書く」ことが好きになる教え方・学び方(実践編) (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

作家の時間―「書く」ことが好きになる教え方・学び方(実践編) (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

 

裏表紙にボク、写ってます。若い!

 

ライティング・ワークショップ―「書く」ことが好きになる教え方・学び方 (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

ライティング・ワークショップ―「書く」ことが好きになる教え方・学び方 (シリーズ・ワークショップで学ぶ)

  • 作者: ラルフ・フレッチャー,ジョアン・ポータルピ,小坂敦子,吉田新一郎
  • 出版社/メーカー: 新評論
  • 発売日: 2007/03
  • メディア: 単行本
  • 購入: 7人 クリック: 40回
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この時間では、子どもたち一人一人が「本物の作家」となります。

自分でかきたいことを決め、書きたいテーマを決め、書く場所(仕事場)や書き方も自分で選びます。自分のペースで作品を書いて出版します。下書きに時間をかける子もいれば、どんどん作品を仕上げる子もいる、本当にひとり一人の「作家」の仕事場になる時間です。(詳しくはぜひ本を!)大人がビックリするぐらい書くことに夢中になります。本当にそのような学びは公立校で可能なのでしょうか?それが可能なのです。

「あんなに人気のない作文を、意欲的に書くようになるなんてあるの?」子どもたちはそんな心配を余所に書き始めます。休み時間も、家でも書き続ける子どもたちまで現れます。まさに「主体的に」学び。自分の学習を自分で創っていくのです。自身の学習にオーナーシップを持ち、アクティブに学ぶパワフルさを子どもの姿から学ぶことができます。ひとり一人の学習者自身が、それぞれの仕方で学びに「アクティブ」になる。言葉にしてみれば当たり前ですが、いかにそういう時間が学校にないか、という何とも皮肉めいた現実があります。

アクティブ・ラーニングがもてはやされる昨今、何も身体的に「活動」しているから「アクティブ」なわけではないのです。他者と関わっているから「アクティブ」なわけではないのです。

ちなみに、作家の時間では子どもたちは、下書きを読み合ってアドバイスし合う等、必要に応じて学び合いはじめます。学習の中に結果として協同のアクティブ・ラーニングとなるのではないでしょうか。苫野さんのいう「学習の個別化と協同化の融合」です。  

 

ボクがかつて担任した「作家」の作品。今はもう高校生。サイトへの掲載許可を得ている作品なので紹介しますね。なお、今「作家の時間」で日本で屈指の実践者は、甲斐﨑博史です。今は小2で実践中。今月末、参観に行くのが楽しみです!

 

             *  *  *

 

その日は、友達のなっぺと一緒に私の家にで遊んでいた。はじめは楽しくDSなどをして遊んでいたが、やる遊びがなくなり、とうとうネタ切れした。私とななっぺは、
「何して遊ぶ?」
「例えば何がいい?」
と言葉のかけ合いをしていた。二人で暇にしていたときに、私のお母さんが、
「この紙切ってくれない?」と行った。私たち二人は暇だったので、「いいよー!」
と言い、早速切り始めた。その紙を切るはさみは2種類ある。一つはみんなが普段使う普通のはさみだった。もう一つはちょっと違う、刃が5枚刃のはさみだ。そのはさみはシュレッダーのように細かく切れるのでシュレッダーばさみという名だ。そのはさみは持つと重く、見ているだけで恐ろしいし、鳥肌が立ちそうなはさみだ。そのシュレッダーばさみは私が使い、普通のはさみはななっぺが使うことになった。ななっぺ自身は、自分がそのはさみ使ってもいいと気軽に行ってくれていたが、私は、
「危ないからいいよ。」
と一言言った。その一言にはいろんな意味があった。
 
 一、なっぺにけがを負わせてはいけない。
 二、泣かれてしまっては困る。
 三、けがを負わせてしまったら、責任がある。

 このようなことがあっては嫌だと思い、私はそう言った。初めは二人とも楽しく、そして慎重に切っていった。途中に五分ぐらいの休けいを入れながらやった。でもだんだんとはさみの扱いにも慣れてきた。そして、切り終わった後の紙の大きさや一回に切る量が増えてきたので、私はなっぺに確認した。
「なっぺ!やってて楽しい?」               

するとなっぺは、
「楽しいよ。大丈夫!」と言ってくれた。私は良かったと思った。つまらないと言われたらどんな遊びをすればいいかわからなかったからだ。
 ちなみに私の使っているシュレッダーばさみの音は、
「パチン、パチン。」
まるで爪を切っている音のようだった。その音は悪魔の音だと言える。ちなみに私の紙の持ち方はこうだ。紙の上に親指があり、残りの四本の指は紙の下にあった。その時、悲劇は起きた。シュレッダーばさみが小指に当たる。その瞬間、私の小指の先がほんの少しだけ切れた。皮だけでなく、肉も切れた。約一ミリぐらいだろうか。でもその一ミリが相当やばかった。血が出る。血の量も異常だ。大量出血で死んでしまうのではないか?と思ってしまったほどの血の量だった。以前にもななっぺの前で一回泣いたことがあったから、今回またななっぺの前で泣くのは屈辱的であり、私自身のプライドがゆるさなかった。私は姉と自分の部屋でワンワン泣いた。涙はどんどんあふれてきた。目が赤かった。その時の私には、不安とパニックが積み重なっていた。パニックと不安の原因は、その時通っていたスイミングスクールのことだった。指先を切ってしまったからといって、休むわけにはいかなかった。なぜかって?そう、私はこれまで一度もスイミングスクールを休んだことがなかった。たとえ運動会の日でも。皆勤賞をねらっていた。バンドエイドを五枚以上貼ってもすまなかったので、薬局に行き、テーピングの透明バージョンっていう感じの物を買ってきて、包帯のようにぐるぐる巻きにして、スイミングスクールへ行った。それでも血はにじんでいた。 しみたらどうしよう…。不安があった。でも実際泳いでみてもしみることはなかった。でもジンジンズキズキという痛みは強烈だった。その傷を見ていると、やる気がゼロ状態になり、何もしたくなくなった。
 当たり前のことだが、そのテーピングやバンドエイドを取り替えなければならない。傷口とバンドエイドのガーゼの部分が接触しているので、外すのには超勇気が必要だった。外す度に、ワンワンと大声で泣いた。約五ヶ月の間はそんなことが毎日続いた。  

しばらくするとバンドエイドを貼らなくてもいい状態になってきた。そこからの治りは早かったが、ジンジンズキズキという痛みはまだあった。また少したち、だんだんとジンジンズキズキという痛みもなくなってきた。不安とパニックもどこかへ飛んでいった。
 そして五ヶ月後、完全に治ったがきずあとがある。そのきずあとの形は何形だと思う?三角形のような形が残っているのだ。
 今でもその左手の小指にしょうげきがあると少し痛いが、その痛みにもだんだん慣れてきた。 今でもなっぺは、シュレッダーばさみと自分が使っていたはさみを交かんしていたら、と思ってくれているらしい。その気持ちはとてもうれしく思った。
 
 時々私は、左手小指と右手小指を比べてみる。
 明らかに左手小指の法が右手小指より小さかった。あれはきっと人生で一番痛かったと思う。私の知っている限り。
 あれ以来私ははさみ恐怖症になっている。はさみを持つと手がふるえてしまうのだ。