いわせんの仕事部屋

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新しいメルマガ発刊しました。(軽井沢風越学園設立準備財団)

新しいメルマガが発刊になりました。

早いもので17号目。

 

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かぜのーと 第17号(2018年9月22日発行) – 軽井沢風越学園(設置設立認可申請中)

 

 

今号の、赤木和重さんの講演録は必読です。

「同じと違う」、「分けると混ぜる」を再検討の時期だなあと思います。これはあくまで視点。

「違うけれど同じ」ってことだって十分にあり得る。

 

2019年4月から認可外保育施設(2才~5才)もスタートすることにしました。2020年4月に開校・開演予定まで、1年間限定です。

やってみなくちゃわからないこと、やりながら考えることってたくさんある。思考と行動の小さなサイクルをたくさん回したい。

 

こうなると小中学生の学びの場も1年前倒してスタートしたくなるなあ。

 

ぼくたちはどんな学びの場をつくろうとしているのか。

学校づくりが始まって2年過ぎ、じっくりじっくり再考する時です。

 

さあ、今日は娘の運動会。

運動会という行事は、いろいろ考え直したいこと山盛りですが、うちの子は、とにかく動けることがうれしいみたい。

楽しんできまーす。

こんな教室。

何度も書いてきましたが。

日本の学校建築の多くは、同じ形の教室が廊下に沿って一直線に並んでいる形式です。

 

一般的な学校建築の形式の教室は、「他に対して閉鎖的であり、この中では1人の教師によってクラスメンバー全員が「一斉進度学習」によって主導されることが学校教育の基調となる

 という指摘もあります。

学校建築ルネサンス

学校建築ルネサンス

 

 

1970年代からオープンプランスクールをはじめとした「子どもたちの学びやすさ」に焦点を当てた建築も増えました。

とはいっても、それらの先進的な学校建築も当事者にとっては「与えられた環境」になってしまい、十分に機能してないところも散見されます。

つまり学校建築を変えたからといって直ちに教室の学びに変化が起きるわけではないといということですね。

 

その空間の意味と価値を考え、実践を変えていこうという継続的な実践が生まれなければ「オープンスペースで机をすべて教師の方を向け、先生の講義を聴き続ける」という笑えない状況が生まれてしまいかねません(けっこうある)。

 

つまり先進的なデザインだけではなく、、その空間を「どう使うか」が重要。
さて、私たちは学校の建物自体を変えることはできません。

では与えられた環境としてあきらめるしかないのでしょうか?

 

〜どんな机の配置が子どもの学習によい影響を与えるのか考える時にも、空間の見方が問題になる。教室といえばようかん型の校舎に同じ長方形の教室が長廊下の片側に並ぶ現行方式しか思い浮かべられない教師は、その枠の中でしか授業を考えれない。木陰の読書、屋上での合唱や詩の暗唱、廊下に机を出したひとり学び、廊下コーナーのパソコンコーナーやミニ美術館等々、頭を切りかえれば、いろいろなアイデアがわいてくる

 と澤本が指摘していますが、従来の教室環境でも、工夫次第で様々な可能性が広がってきます。

学びをひらくレトリック―学習環境としての教師 (子どもの発達と教育)

学びをひらくレトリック―学習環境としての教師 (子どもの発達と教育)

 

 
いわゆる一般的な教室にも実は多くの利点があります。自由に移動できる机、余計な壁や柱がないすっきりした広さ。見方を変えれば自由度の高い、フレキシブルな学習空間とも言えます。それをめいいっぱい活用しよう!が「教室リフォームプロジェクト」です。

学習の当事者である子ども達と協同で、

「どうすれば居心地のよい空間になるか」

「どうすれば学びやすい環境になるか」

を共に考え、アイデアを出し合い、協働で教室環境を創っていきます。
言い換えれば「毎日過ごす教室の環境を自分たちの手でリフォームし続けるプロジェクト」です。

  

教室リフォームプロジェクト始めた頃は、畳みコーナーがメインで、

こんな感じや、

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こんな感じだったけど、

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ベンチを子どもたちとつくってからはこんな感じになって、

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でも、ぼくがいちばんしっくりきてたのは、これかな。

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まだまだいろんな可能性ありますよ、教室。

 

ぼくは30才になった頃、「机をアイランド形式に固定する!この形を生かした学びをメインにする!」と自分に縛りをかけました。それ以来ずっとアイランド形式でした。この頑固さもどうかと思いますが、学びも大きかったなあ。

学び続ける教員って個人の努力?

 

「学び続ける教員像」みたいなことが言われています。
教員は学び続ける存在。
それ自体はよく分かります。
ではどうやって?

こういう話は、一人ひとりの教員個人の取り組みや努力に還元されがちですが、それって危ない。いわゆる「自己責任論」ですね。

学んでないのはおまえのせいな。
うまくいかないのはおまえのせいな。
これって本当でしょうか?

 

本来、誰しも教員として成長したいとは思っている。
そういうぼくたちに、
「学び続けたいと思える環境が保障されているか」どうか。
ここが決定的に大事だと思うのです。
これを抜きにした「学び続ける教員像」の議論は危ない。教室も同じです。

 

学校の中にいかに「学び続ける場」をつくるかは、
年齢構成が大きく変わりつつある学校現場にとってはより重要です。
かつては、教員になれば、その現場で「先輩から学ぶ」がある程度機能してきました。同僚性が残っていたのですね。
私事で恐縮ですが、かく言うぼくも、1校目でも2校目でも3校目でも、思いっきり厳しいフィードバックをくれつつも、いろいろ教えてくれたり、協働できたりした先輩がいました。狭山市駅前で夜中の2時まで酔っ払って説教されたことも。「おまえみたいに自分のことしか考えてない研究主任に誰もついていくわけねーだろ!!」。泣きながら聴いていたことを覚えています。

iwasen.hatenablog.com

 

話がそれました。
職員室での学びなくして今のぼくはないなあ、と思うわけです。

しかし、年生構成の変化や多忙化等、学校を取り巻く諸条件でそれが難しくなってきている。
どうすればよいでしょうか。

「教員が学び続ける環境」として、メンター制やOJTが取り入れられていたりもします。なんとか構成的に、意図的に同僚性をつくろうというわけです。
このような営みはこれからも重要視されるでしょう。

 

だがしかし。
メンター制やOJTの最大(?当社比)の欠点。
それは、中原さんが以前、たしかブログで書かれていましたが、

・OJTの学習効果は「師」に依存する
・師の能力を超えることは、学べない

んですよね。

NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する: 「OJT信仰・手放しのOJT礼賛」を超えて : OJTの脆弱性・成立条件を考える

 

変化が求められる学校教育。
自分が学校で体験していない、教わっていない方法で授業をすることが求められています。アクティブ・ラーニングとかいって。

その点、メンター制やOJTだけでは限界がある。退職校長が初任者指導に当たる、というシステムもいいところもありますが、上記のような欠点もあるわけです(もちろんその人に寄ります。素晴らしい指導者になる方もいらっしゃいます)。

ワンセンテンスで言うと、イノベーションが起きない、のです。

どんどん「小さく」なっていってしまう。

 

端的にはまずは職員室自体が
「学習する組織」になっていく、ということです。
この職員室で大切にされることは、教室で大切にされることと入れ子構造です。

職員室自体が、ケアし合い、学び合い、成長しあえる組織になること。
これにつきます。

 

繰り返しになりますが、

先生が学び合い、エンパワーしあえる環境を学校内につくること(物理的にも時間的にも)。

様々なリソースにアクセスできる環境を整えること。

管理職や教委の仕事はこの支援です。

 

 

他にはどんな策があるかなあ。うむむ。知恵を求む。ない知恵をしぼると、

一つは外にある民間の教育団体や、支援機関、学びの場へのアクセスをもっと公的に支援してはどうでしょう?
そこで学んだことをそれぞれが現場に持ち帰り、学び合うことを支援する。中と外がつながる仕組みが必要です。外にはたくさんの知恵があります。それを活用しない手はない。「中と外をつなぐ仕組み」がその1です。

 

二つ目は、「想定外の未知のものにであう」体験。
ぼくたちが学校の中にいただけでは思いつかないような学びのあり方が社会にはたくさんある。そういう場に積極的に出かけていく。出かけていくことを支援する。「民間企業への派遣」というのではなくてね。
見なくてはわからない。見ることで改めて自分の学校を見直すことができます。
そういう意味では、学芸大の教職大学院の授業で行われていた夏の課題、「大人のワークショップに参加してくる」は、手前味噌ですがなかなかいけてます。

 

もう一つ。
大学院で3年間仕事をして実感したことなのですが、
教員としての力量を高めるための専門知、みたいなものは確かにあります。
問題は、普通の先生がそのような理論や知恵にアクセスできる環境がない、ということです。

同僚性の中でエンパワーされ「学びたい!」と思った教員がアクセスできるようなコミュニティが用意されている必要があります。学会ではハードルが高い。
もう少し気楽にアクセスできるコミュニティ。
そういう意味で、研究者はもっと「現場で協働する」にシフトする必要があります。
研究と実践に上下はありません。
上下の方向性の研修や場が多すぎます。

同じ場で学び合う、参加のハードルの低いコミュニティ。中から外へだけではなく、外から中へも。
夢物語のような感じもしますが、でも大事だと思うのです。
「中と外がつながれる仕組み」をもっと検討するといいなあと思います。

 

ここまで書いてきたことがつながっていくと、
ゆくゆくは、ハーグリーブスのいう「専門職の学び合うコミュニティ」が生まれていくのではないかと、思うわけです。

この夏、いくつもの学校で校内研修、教委主催の研修に参加してきました。とても熱心に参加してくださり、ぼくは確信しました。なんとかしたい、学びたい、とほとんどの人が思っている。

でもチャンスがなかった。チャンスを待っている。環境を待っている。
今までの研修のあり方自体を見直す時期です。
スペシャルにやる気のある先生、だけではなく、普通の先生が学び続けたい、と思え、それを支える仕組み。
その視点を大切にしたい。

        *  *  *

というわけで、「学び続ける教員とは」で考えたことを一気にはき出してみました。まだ生煮え。

 

居心地のよい職員室、安心・安全な職場だけではだめなんだよな。居心地のよいきょうしつ、だけではダメなのと同様。
とはいっても、まずはここなんだけど。これができていない職場があまりにも多いんだけれど。
これはゴールではなく、スタートライン。

 

新任の先生にとって、リアリティ・ショックがあるのは当たり前。
そもそも、教員というのは、大学(院)卒業のときに「完成」しているわけがない。
学び続けるというのは、いったり戻ったり、喜んだり悩んだりしながら試行錯誤していくプロセスだから、ぼくは今だって成長の途上。

リアリティ・ショックがある前提で、それを受け止められる職場を創ることが大事なのだよなー。それは学校の努力だけの話ではなく、制度やシステムの問題でもある。

繰り返しになるけれど個人に還元するアプローチでは限界があるんだよな。

 

職員室の組織開発を真剣に考えるときです。

 

いい本が増えてきて震える。

8月末から研修などなどで、バタバタバタバタと移動しまくり仕事しまくりで、腰を痛め、でも仕事はなくならず、2つの原稿をようやく書き終え、明日〆切の原稿の目処がつかない、でも来週末の熊本のワークショップのパワポも作らなくてはいけない、という絶望的な状況にいますが、元気です。

 こういうときこそブログを書きたくなるのは、大学受験の勉強をしているときに、なぜ中学の卒業アルバムを見たくなる、あの感じに似ています。

8月、いい本にたくさん出会いました。これはシェアしたい、と思う本に絞ってメモ書きしていきます。 

 

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『なぜ「偏差値50の公立高校」が世界のトップ大学から注目されるようになったのか?』日野田直彦著

 

楽しみにしていた本。昨晩一気に読みました。

いやあおもしろかった。特に1年目の、ある意味泥臭い取り組みは、校内研修の改革に取り組んできた身としては、「ほんとそうだよなあ」と共感しきり。そのプロセスが記述されている本は少ないのでとても貴重です。

興味深かったのは、学校改革を考えると一般には「授業改革」「授業改善」から手をつけたくなるのだけれど、日野田さんは徹底して、教師と生徒の「マインドセット」が変わることにフォーカスしている。

人の力を信じているからこそのアプローチです。教師のマインドセットが変われば自然に授業も変わっていく。その原動力は教師自身の体験であり、生徒の変化。

これは実は学級経営も同じなのですよね。マインドセットが変わるためには、自身の成長を感じる小さな成功体験の積み重ねが重要です。そこを焦らず丁寧に丁寧に取り組み、教職員を当事者にしていくプロセスはぜひ読んでいただきたいところです。

この4月から、武蔵野女子学院中学校・高等学校の校長に赴任されています。ここでまたどんな改革が行われるのか楽しみです。大いに刺激を受けた本でした。

 

 ②

目からウロコ!驚愕と共感の自閉症スペクトラム入門

目からウロコ!驚愕と共感の自閉症スペクトラム入門

 

 今夏ナンバー1です。赤木さんの本は、

アメリカの教室に入ってみた: 貧困地区の公立学校から超インクルーシブ教育まで

アメリカの教室に入ってみた: 貧困地区の公立学校から超インクルーシブ教育まで

 

をもう何度読み返したかわからない、というぐらい読んだ名著があるのですが、新刊がまたすごい。

学校教育に携わっていると、ついつい「今できていないことをどうやってできるようにするか」という視点で見てしまいがち。できないことができるようになることが教育だと。赤木さんはそこをずばっと指摘します。

 

実践において大切なことは「できないことをできるようにする」のではなく、本人が自分で変わっていく力をもっているので、その力を発揮して自分で変わっていくためには何が必要なのだろうかと考えことです。
大人が子どもを発達させることはできません。子供自身が発達するのです。

 

子どもを変えるのではなく子供がかわる。「子供が変わる」土台を作ることであり、その土台は、子どもの今の関心や能力を出発点にすることです。

情景が想像できるエピソードから、ずばずばと今の教育の当たり前を問い直すきっかけを与えてくれる本。個人的には、「手持ちの能力の全面的開花」というアプローチがまさに「目からウロコ」。これまでの自身の実践のよいところも悪いところあぶり出され、問い直す視点となりました。

教えることの原点は、今、子どもがもっている能力が全面的に開花・表現できる土台を創ることです。子どものもっている能力が開いていくさまは、きっとまわりの者の心を揺さぶりますし、その関係の中でこそ、発達の芽が育ちます。

特別支援教育に関心がある人向けのタイトルに見えますが、教育に関わるすべての人が読むべき本だと思います。

あれ、Amazon取り扱っていないみたい。こちらなら買えそう。

honto.jp

赤木さんの、

「気になる子」と言わない保育―こんなときどうする?考え方と手立て (保育実践力アップシリーズ)

「気になる子」と言わない保育―こんなときどうする?考え方と手立て (保育実践力アップシリーズ)

 

 もまたすごい本。この赤木三部作(勝手に命名)は、必読書です。

上記の本は、あすこまさんの書評以上のものは書けないので、ぜひそちらを。

 

askoma.info

 

Learn Better――頭の使い方が変わり、学びが深まる6つのステップ

Learn Better――頭の使い方が変わり、学びが深まる6つのステップ

 

これまたすごい本。いやーこれもナンバー①といいたくなる本だな。

人の学びに関わっている人必読。この書評はあらためて書こう。丁寧にノートにまとめながら読みました。授業改善やワークショップのプログラムデザインのヒント満載。様々な学習科学の知見にも触れられていて、概観するのにもお薦めです。

 

成績をハックする: 評価を学びにいかす10の方法

成績をハックする: 評価を学びにいかす10の方法

  • 作者: スターサックシュタイン,Starr Sackstein,高瀬裕人,吉田新一郎
  • 出版社/メーカー: 新評論
  • 発売日: 2018/06/28
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

 吉田新一郎本にはずれなし。成績や評価の概念が変わります。

この本に書かれていることが一般的になると学校での学びは大きく変わるな。さて、どう実装していこうか。

 

⑤前に、

iwasen.hatenablog.com

を紹介しましたが、この本の評価版、

『一人ひとりをいかす評価:学び方・教え方を問い直す』もでました。

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『一人ひとりをいかす評価:学び方・教え方を問い直す』

 

これから読みますが、この本もまた必読なのだろうなあ。原稿できたら読もう。

でもちょっと読んじゃおうかなあ。ああでも・・・・・・・

仕事に戻ります・・・・

 

 

日々の振り返りをどう書くか?

で、どう振り返りを書くかという問題ですが(昨日の続き)。

ぼくは今のところこんな風にまとめています。

 

教員版 「振り返りジャーナル」の進め方    2018年9月4日版


○なんのためにやるの?
・自身の実践の記録のため
・自分自身と対話するため
・経験はそのままでは流れていってしまいます。経験を記述して、あらためて眺めてみることで、その時には気づかなかったことに気づいたり、新たな発見、成長のポイントが見つかりますつまり振り返りを続ける理由は経験から学んで成長するためです。
・子どもたちの成長や変化、自身の成長や変化に敏感になります。振り返りを続けることで、自身のアンテナが磨かれていくんです。
・伴走者、フィードバック相手がいることで、一人では得にくい気づきが生まれる(可能性が高いです!)。
・やがて一人で「振り返って成長し続ける力」になるはず。

 

○大切なポイント
①「1日あたりの時間」と「やるタイミング」を決めましょう。(30~1時間ぐらい)
 自身の現実的制約に合わせて「無理なく続けられる時間」と「いつやるか」をきめましょう。
 ちなみにぼくは授業中に「ここ」と思ったところを写真に撮り、またメモもしていました。それを基に放課後、40分で一気に書き上げていました。(後述しますが、写真をとるのはおすすめです。振り返りが貯まり、読み直すときに鮮やかにイメージが蘇ります!実感済み。)「いまここ」を逃すとあっという間に経験が流れていってしまい、無意識の中で解釈が進んで気づきが薄れていきます。


②毎日続けましょう。
 つきなみですが「継続は力」なり、です。
 とにかく毎日です! うまくいかなかった日、感情が揺れた日は、そこを直視するのはつらいのでつい書きたくなくなってしまいます。 そんなときは、あった事実だけでもよいので書いておきましょう。後で落ち着いたときにその時の意味を見直すことができます。
 
③具体的なエピソードを記述しましょう。
後で読み返して情景が浮かぶように書きましょう。 エピソード記述については、参考文献はたくさんあります。『エピソード記述」で検索してみてください。

 
④個人情報に気をつけましょう。
 個人情報の保護は重要です。子どもたちは本名ではなく仮名を使用しましょう。
 記録には写真を撮ることをおすすめしますが、写真を撮ることに関しては勤務校の状況に合わせて許可を得るなどしましょう。
 また、振り返りの記録用には、「子ども(の顔)が映っていない写真」もあわせて撮っておくと、後々その振り帰りを基に資料を書いたり発表したりするときに便利です。

 

⑤「きれいな物語」にしてしまわない!
ついつい美しく書いてしまいたくなる。辛いポイントは目をつぶりたくなる。
自分をできる人に見せたくなる。でもそもそも振り返りは自分の成長のため。読み手に評価されるためではありません。素直に、率直に残しておくことをおすすめします。 自分語りにならないよう、起きているエピソードにフォーカスしましょう。言葉にならないときは事実だけを書いておいて、それについての振り返りは、将来読み返したときにやることにしましょう。


⑥休日には「振り返りの振り返り」を。
土日どちらかには、それまで1週間を読み直し、「あらためて読み直してどんな気づきがあるか」をざっくばらんに書き留めてみましょう。これが意外に効果的!

 

⑦ポジティブとネガティブのバランスを。
ネガティブな面ばかりでは疲れますし、ポジティブな面ばかりでは、大切なことを見失うかも。
バランスを心がけましょう。

 

○書き方
いくつかの書き方があります。ぼくは記録を兼ねていたので1日の流れに沿って朝から帰りまで細かく書いていく、という方法でした。ただし、時間がかかります。
そんなときは自身で「振り返りたいトピックを決めて振り返る」がよいでしょう。

①振り返りの場面と選んだ理由
② その場面・状況を具体的にエピソードとして記述。(読み手に伝わるように具体的に!セリフなどもそのままいれるとよい)
③ そのときの感情はどのようなものであったか? (自分、子ども視点)
④ そのとき、私はどんな行動や判断を行ったか?
⑤その場面を今あらためて振り返るとどんなことを考えたり、感じたりするか。(自分、子ども視点)
⑥振り返りから学んだこと、気づいたこと、モヤモヤしたこと。
⑦明日(以降)に活かせそうなことは?
⑧その他自由に。

 

 

1日の流れに沿って振り返る場合も、
・振り返りとして深める場面 (事実)
と、
・記録として残しておくところ (解釈)
を分けましょう。

 

記録として1日を書き進めていき、気になるトピック場面で上記のように深めていってもいいですね。

自分ひとりで書いていては、視点が固定化します。ぜひ他者と読み合い、フィードバックし合うことを日常化することをおすすめします。自己強化の振り返りほどつまらないものはありません。

『学習する学校』には以下のように書かれています。

振り返り 思考プロセスのテンポを遅くして、どんなふうにメンタル・モデルをつくるかに自覚的に気づくこと

探求 自分の見方を他の人とオープンに共有し、お互いの前提についての知識を高め合う対話をすること

 後者の探求が抜けている振り返りは、自己強化で視野がどんどん狭くなっていくことになりかねません。他者の存在がどうあればいいか、は昨日のエントリーや、以下の本をご覧ください。

みんなのきょうしつ

みんなのきょうしつ

 

 

 

               *  *  *

 

ちなみにいま一般社団法人軽井沢風越学園準備財団で行っている風越コラボでは、この発展版にチャレンジ中。ラーニンググループで振り返りを共有しはじめています。

iwasen.hatenablog.com

 

振り返りこそ学び、は大人も子どもも同じだと思います。

ぼくら自身が日常的にに振り返りを書き、振り返りの良さや価値を実感していないのに、子どもに「ぜひ振り返りを!」とは言えませんよね。

「振り返りジャーナル、クラスの子が書かないんですよね・・・」という悩みの答えは、案外「私がその良さを実感している」にかかっていると思います。

さまざまな振り返りの記述を持ち寄り、ぼくらの成長に寄与する振り返りって?を深めてみたいです。

みなさんは、どんな風に日々を記録し振り返っていますか?

日常的&継続的なリフレクションプロジェクトの提案。

学校でこんなことしたらどうだろう?

 

校内での日常的な相互リフレクションによる教員の成長と学校コミュニティ形成

 

日本の学校には「授業のリフレクション」の提案はたくさんあるのに、「日常的なリフレクション」の方法は実は提案されていない。

どうしてだろう? 日常のリフレクションこそ大事なのに。

(『みんなのきょうしつ』参照)

みんなのきょうしつ

みんなのきょうしつ

 


研究授業のリフレクションのようなイベントだけでは、人は変われない。
「日常の継続的なリフレクション」と、「フィードバックやいい問いかけ」を相互に行うことで、教員同士が共に育ち合い、成長を促しあうコミュニティが生まれるのではないか? その中で個々の教員は成長していくのではないか?
「当たり前を問い直す→教育のイノベーション」のためには、日常のリフレクションが核になる。

という仮説をぼくは持っております。


そもそもなぜこんなことを行う必要があるのか?

学校が抱える課題は、例えば以下のようなことが考えられます。
 

①情報共有の不足、コミュニケーションの不足
②学級が孤業化している
③実践が「閉じている」(実践をひらくことへの恐れ)←他者の視点が必要
④日常的なリフレクションがない(「実践・体験」→「ふり返り」のサイクルこそ成長につながる)
⑤自身の視点の固定化(自分視点からだけ判断してしまう。専門性の高まりによる視野の狭さや、信念や思い込みによる自動的な行動が増える。)
⑥日常的に互いの実践から学ぶ機会の少なさ
⑦相互支援を進める仕組みの欠如
⑧圧倒的対話不足(他学年との壁)
 

この課題を克服する方法はないか?と考えつつ学校は忙しい。そこで記述による日常のリフレクションとその共有はできないものかと考えました。

 

記述によるリフレクションへの相互フィードバックの利点
 ①非同期でよいこと(時間を合わせなくてよい)
 ②言葉にすることで、思考や経験が言語化され整理されること
 ③記録として残ること(実践のポートフォリオとなる)
 ④他者の視点による気づき(開示することの良さ)
 ⑤他者の実践から学ぶ機会
 ⑥自己開示、援助希求、相互支援を促す
 ⑦認め合い、エンパワーし合える
 ⑧職員同士が学び合うコミュニティになる。

 

なんかうまい仕組みはないものか。ぼくがよくできてると思うのは、echoという振り返りサポートシステム。

www.asobusiness.com

簡単に言えば、オンラインでのクローズドのブログのイメージ。
・相互にコメントできる。
・スマホからもアクセスできる(いつでもどこでも)
・ワード形式で記録をダウンロードできる。
・安全なシステム
・子どもの名前の仮名への変換。

みたいなところが便利。

ぼくは今も使っています。

 

これを学校の教職員全員でやってみよう!書いてみよう!フィードバックし合おう!ということです。

 

 

とはいえ、学校で突然、『みんなでこれをやりましょう!』とか言っても反発は必至。振り返りの欠点(?)は、「その良さは続けた事後にしかわからない」からです。やる前は「なんのためにやるの?」と思いがち。

 

では学校でどうやったら導入できそうか。「はじめるにあたって考えなくてはならないこと(設計に必要なこと)」ってなんだろう。

そもそもなぜ継続的なリフレクションを行うのか?の共有。これが難しい。
となると、最初は「小さな設計」からスタートして自分たちでシステムを「育てていく」イメージ。数人からスタートして成功事例をつくるのもよい。自己組織的に広がっていくのがベターかな。経験知では3人くらいの小グループがベスト(人数が増えると読むことが負担になってくるんです)。参加者が増えたら、時々シャッフルしつつ小グループにするといいですね。

 

とはいえ実現にはいろいろな課題がありそうだなあ。

 

①例えばルールづくり。自分たちで創るプロセスが大事。例えば、

例えば↓
・持続可能であること(最低週1回以上? 1回でも5回でもOK。多いから偉いわけでない)
・やる気のある人もそれなりの人も乗れるように「フィードバックだけ参加」もOKにする?
・入りやすい入り口(いろいろな書き方の提案)
・短くてもOK。写真や動画を貼ってちょこっとコメントを書く、という方法もある。
・人(子ども、保護者、同僚)への批判(悪口)は書かない。
・誠実に書く。自分のために書く。

 

②フィードバックのルール例  ←これも職員で作ればよい。

例えば↓

0、私はあなたの振り返りに関心があります!一番いい読者であり続けたい、という構え。
1、あなたの話をこう理解しましたよ。と受け止める。
2、言いたいことは「一緒に考えたいオープンエンドな質問」に置き換える
3、共感できることに「いいね」を押す
4、教えない。どうしても教えたくなったら、資料として紹介する。
5、ユーモアを入れる。
6、読んでいて思い出した自身のエピソードを語る。
7、感じたことは素直に伝える。
8、自身も読むことで振り返り、一緒に「成長していく」という構えを持つ。
9、本質的な問いを探す。
10,文献やリソースは積極的に紹介する。
(さじ加減は「依存を生まない」「受け身にさせない」学習者へと誘導する。)
11,よい鏡であること。鏡を見れば学習者は気づく力がある。
 (『みんなのきょうしつ』より)

 

③スタートをするには、そもそもリフレクションとは?どんな風に書けばいいの?システムを使う練習、等々の研修をする必要があるな。2時間ぐらいあるとできそう。

 

④システムが使える環境作り(学校のパソコンからもアクセスできるか?)

これが一番の難関だったりして・・・・


④伴走者としてフィードバックをする練習。実はこれは、子どもとのやりとりと入れ子構造なので、教職員としてのトレーニングにもなる。

 

⑤予想される問題点
 ・続かない。やらされ感
 ・仕事を圧迫してしまう
 ・監視、評価されていると感じる人が表れる
 ・子どもや他者への批判を書き込む。
 ・フィードバックの義務感による負担感。
 ・相手を冷やすフィードバックにより、ぎくしゃくする。
 ・個人情報保護への対応

いろいろ課題はありそうだけれど、学校を大きく変える可能性があるなあと思ってます。実践研究する価値あると考えています。

軽井沢風越学園、サマースクールレポート

夏休みが風のように去っていく…

来年の夏休みが楽しみ。

というわけで、軽井沢風越学園設立準備財団主催のサマースクールが、7/30〜8/6まで、8日間連続で行われました。低学年は「本物の写真」、高学年は「本物の風越山荘」が今年のテーマ。

そのレポートが今日オープンになりました。

 

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かぜのーと 第16号(2018年8月20日発行) – 軽井沢風越学園(設置設立認可申請中)

 

手前ミソながら、今回のレポート、すごくいいです。

ぜひ読んで感想をお聞かせください。

味わい深い8日間だったなあ。オジサンには8日連続は持久戦だったけど・・・・

実践の場はやはり楽しい。

子どもの変化ってほんとうにおもしろい。

 

本の紹介も悔しいぐらいにいいんだな。