いわせんの仕事部屋

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お詫びとお願い

次年度の講演、研修、ワークショップ、執筆依頼を多数いただいております。ありがとうございます。開校準備に専念するため、2019年4月〜2020年3月までは、原則これ以上お引き受けできません。誠に申し訳ございません。ご理解くださると幸いです。

開校後落ち着いた頃に、お役に立てることがありましたらお声がけいただけるとうれしいです。よろしくお願いいたします。

「ああ、この感じかあ」の力

例えば、ステキな作品に出会ったとき。ステキな実践に出会ったとき。
「どうやってつくったんだろう?」
「どうやればいいんだろう?」
という方法の問いを立ててしまいがち。
そのときに作品や実践はコピーの対象になるのだろうか。

例えば、
「何が起きているんだろう」
「何を大切にしているんだろう」
「どこからきたんだろう」
「どこへいくんだろう」
「なぜこうなったのだろう」
「なぜわたしの心は動いたんだろう」
という問いを立ててみると何が見えてくるのだろう。

作品や実践を言葉で説明しようとすることで
言葉で理解しようとすることで
失われることはなんだろうか。

ぼくは「ああ、この感じかぁ」と
空気感が感じられる、
五感が大事にされる、
質感が大事にされる、
そんな場をつくっていきたい。
人の持っている
「ああ、この感じかぁ」の力をぼくは信じている。

言葉を大切にしつつ、
言葉を手放していきたい。
ぼくのしたいことはつまりそういうことです。

おやすみなさい。

早く目が覚めてしまったので、幼小のつながりのメモを整理してみる。

昨日は、準備財団が運営している認可外保育「かぜあそび」にいってきました。楽しかった−。遊び浸っている子どもたち。豊かな時間だ。

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半日だったのにヘトヘトになった。保育士ってすごい・・・・こんなところです↓

kazakoshi.jp

疲れているはずのに、明け方4時半くらいに目が覚める。そして二度寝ができない(老化?・・涙)。

眠れないので、これまで書いたきたことを再編集し、明け方うつらうつらと考えたことを加筆し,一気にメモしてみました。


幼小のつながりを考えるとき、小学校側が

「いかに学校文化にスムーズに移行させるか」

という問いを立てると、たいていつまらないことになってしまいます。
「グーピタピン」とか、「筆箱の置く位置は」とか、「1の声、2の声」とかいう話になってしまうわけです。

何度か書いてきましたが、
「良質の幼児教育を継続する形で小学校教育をリデザインしたら?」
という問いを立てて考えたい。

学校文化への移行を目指してしまうと、「いかに45分間座らせるか」ということが「課題」として立ちあがってしまいます。大きな声で返事、指名されるまでしゃべらないという「スキルをいかに身につけるか」に一生懸命になってしまうのです。
子どもにとっては,ある日突然、自分が暮らす世界のルールが変わってしまう。これは子どもの育ちの問題ではなく大人の側の問題、制度の問題です。

小1プロブレムに内実は、小学校が自分たちの文化に疑いを持たず、教員の「教えやすさ」を優先させて、「学校のお作法」を教えることの優先順位を上げてしまっているからではないでしょうか?
我が家の次女は、遊ぶことを大切にする保育園を卒園し、小学校に入学したとき、
「学校ってずっと座ってるんだよ」
「手は膝の上に置かなくちゃいけないんだって」
「どんなに晴れていても、教室の中にいるんだよ」
「遊ぶ時間は20分しかないんだよ」
と不思議そうに報告してくれました。
ある日を境に、文化が180度変わる。
ある日を境に、「動き回る」から「座り続ける」に。
ある日を境に、「あそぶ」から「勉強する」に。
ギャップを感じる方が自然です。

どうすれば一貫した環境をつくれるか。
この問題は、新学習指導要領でもしっかり書かれています。画期的。

小学校学習指導要領 第1章総則
第3 教育課程の役割と編成等  4 学校段階間の接続
 ⑴幼児期の終わりまでに育ってほしい姿を踏まえた指導を工夫することにより、幼稚園教育要領に基づく幼児期の教育を通して育まれた資質・能力を踏まえて教育活動を実施し、児童が主体的に自己を発揮しながら学びに向かうことが可能になるようにすること。また低学年における教育全体において、例えば生活科において育成する自立し生活を豊かにしていくための資質・能力が、他教科等の学習においても生かされるようにするなど、教科間の関連を積極的に図り、幼児期の教育及び中学年以降の教育との円滑な接続が図られるように工夫すること。特に、小学校入学当初においては、各教科等における学習に円滑に接続されるよう、生活科を中心に、合科的・関連的な指導や、弾力的な時間割の設定など、指導の工夫や指導計画の作成を行うこと。

ちなみに上記の「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」とは、これです。

1. 健康な心と体
2. 自立心
3. 協同性
4. 道徳性・規範意識の芽生え
5. 社会生活との関わり
6. 思考力の芽生え
7. 自然との関わり・生命尊重
8. 数量・図形、文字等への関心・感覚
9. 言葉による伝え合い
10. 豊かな感性と表現

小学校特に低学年では、ゼロからのスタート、はっきり言えば赤ちゃん扱いのスタートをやめて、幼児期で身につけたこと・育まれたことを大切にしながら、その力が生かされる毎日を構想したい。

新幼稚園教育要領のポイントにも「小学校教育においては,生活科を中心としたスタートカリキュラムを学習指導要領に明確に位置付け,その中で,合科的・関連的な指導や短時間での学習などを含む授業時間や指導の工夫,環境構成等の工夫も行いながら,幼児期に総合的に育まれた資質・能力や,子供たちの成長を,各教科等の特質に応じた学びにつなげていくことが求められる。」と書かれています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shisetu/044/001/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2017/08/28/1394385_003.pdf

リザインする根拠として学習指導要領を指し示せる状況なのです。

では具体的にはどうするか?

まずは幼児期における「あそび」の重要性は改めて指摘したいところです。とはいえ、今話題の非認知能力。これを直接的に「教えよう!」というのはアプローチとしてやはり筋が悪いわけで、それは結果として育まれるもの。そのための芳醇な原体験は「遊び」の中にあります。それを保証せずして、なにが非認知能力だ、と思います。

ピーター・グレイは遊びの特徴を5つに要約しています。

1、遊びは、自己選択的で、自主的である
2、遊びは、結果よりもその過程が大事にされる活動である。
3、遊びの形や規則は、物理的に制約を受けるのではなく、参加者のアイディアとして生まれ出るものである。
4、遊びは、想像的で、文字通りにするのではなく、「本当の」ないし「真面目な」生活とはいくらか意識的に解放されたところで行われるものである。
5、遊びは、能動的で、注意を怠らず、しかもストレスのない状態で行われるものである

  

遊びが学びに欠かせないわけ―自立した学び手を育てる

遊びが学びに欠かせないわけ―自立した学び手を育てる

 

 

あそびの中で「幼児期・学童期はまずは直根を自分自身にしっかりと深く根ざすような体験の積み重ね」を大切にする。主は子ども自身です。そのためにお環境づくりが圧倒的に大切です。物理的な環境も大人の関わりも。

kazakoshi.jp

これが学びにつながっていくってどういうことでしょう?
先ほどの5つの特徴の「遊び」を「学び」に置き換えてみるとこんな感じになります。

1、学びは、自己選択的で、自主的である
2、学びは、結果よりもその過程が大事にされる活動である。
3、学びの形や規則は、物理的に制約を受けるのではなく、参加者のアイディアとして生まれ出るものである。
4、学びは、想像的で、文字通りにするのではなく、「本当の」ないし「真面目な」生活とはいくらか意識的に解放されたところで行われるものである。
5、学びは、能動的で、注意を怠らず、しかもストレスのない状態で行われるものである

うん、ぼくはしっくりきます。

このような視点で幼小のつながりを考え直してみたいとぼくは思うのです。

ピンポイントには,低学年教育をいかに変えていくかになるでしょう。
幼児期に大切に育まれてきた「〜したい」からあそびに没頭する経験の積み重ねは、ひとり一人の「学びに向かう力」につながっていくでしょう。

そのためには生活科を中心としたプロジェクトとしての活動の充実が鍵だと考えています。子どもの「〜したい」からはじまるあそびをつなぎ、プロジェクトとして発展させていく。その中で結果として教科の学びも起きるでしょう。そこで起きる結果としての教科の学びは、もしかしたら現状よりもレベルが上がるのではないかとさえ予想します(ここ大事)。

 

それも事前に目標として明示されるものではない。子どもにとってはあそびと学びの境目はないのです。没頭しているうちに、結果として成長していた!と後追い的に気づくものではないでしょうか。

本城が先ほどの記事で書いていますが、

子どもが育つにつれ、僕たちは何かができるようになってほしい、こんな力をつけてほしいと望むこともあります。でもそれよりも、自分はどんなことに幸せを感じるのかを自分自身で感じとれるようになってほしい。自分自身だけでなく、一緒に生活する仲間や、まだ出会ったことのない人々、目の前にはいない同じ地球に暮らしている生き物、いろいろな生命とともに幸せになるってどういうことだろう?と考えながら、育ってほしいなと感じています。そしてその時に、その「幸せ」は、誰かと比較して幸せかどうかではなく、そして時代や社会に飲み込まれることなく、自分自身のものさしで「幸せだな」と感じられるようになってほしいと思っています。

に共感します。そのような没頭する時間の積み重ねの中で、気づいたら「なってよかった自分(アイデンティティを確立する)」になっていた、という経験を積み重ねていくのだと思います(佐伯胖先生のお話より岩瀬解釈)。

 

生活だって自分たちでつくりますよ、幼児だって低学年だって。幼稚園や保育園では番を張っているわけです、年長児は。それがある日を境に、急に「なにもできない、かわいらしい1年生」となりま。入学式の入場も6年生と手をつないで。ちょっと前まで年少さんの手を引いていたというのに。6年生から逆算した存在として「面倒を見られる」存在となるのです。昨日まで「面倒を見る」頼れる存在だったかもしれないのに。

ぼくが初めて1年生を担任したとき、やはり「なにもできないんじゃないか」と正直不安になり、友人の幼稚園の先生に相談しました。もう遙か昔ですが・・・
「あのねー、年長さんとして園で『番を張っていた』んだから、何でも自分たちでできるの。朝の会だって司会も自分たちでやるし、給食の配膳だって、ケンカの仲裁だって、下の子の世話だってやってきてるの。なんでも任せてみてよ。失敗したっていいじゃない。そこから学ぶ力だってあるんだよ」
本当にありがたい助言でした。

実際1年生はまことに頼もしい存在でした。
給食の食缶を運ぶとき、Mくんが倒してしまって廊下がカレーだらけに・・・廊下中に広がったカレーから湯気が上がっているのを見て目眩がしたぼくはつい「なんで倒したの!」と言ってしまいました。するとKちゃんが、「先生、そんなことより片付けることが先でしょ」とぼくを諭しました。本当にその通り。みんなでカレーを拭く作業は、不謹慎だけれど、なんだかお祭りのようで楽しかった。その間に給食当番の子は食缶を持って他のクラスに、
「カレーこぼしちゃったんで少し分けてくださーい」と集めて歩いてくれてました。

 子どもをどんな存在として見るかで、アプローチは変わっていきます。

「子どもは自分のつくり手である」を根っこにおきたい。

 

ここまで書いてきたことは、まっすぐ小学3年生以降につながっていきます。

ライフロングキンダーガーデン。

ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つの原則

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さらには「教科の見方・考え方といわれる本質へもつながっていくはずです。ここは大人のの腕の見せ所でもありますね。がむばろう。

 

最後に、改めて「あそび」について。昨日、同僚の甲斐﨑(KAI)と話していたのですが、彼の一言。「子どもにとってはさ、本を読むことも、書くことも,算数もあそびなんだよなー。思いっきりあそんでるんだよ。あそびを狭く捉えちゃダメなんだよ」うん、同意です。ライブラリーでたっぷりあそぶ、書くことをあそぶ。あそびを限定的に捉えないことが大事だなあ。さすがKAI。

さて、二度寝しようと思ったのに目がさらにさえてしまった・・・・

 

 

視点と視野と視座のお話。

過去のメモを整理していたら、3年前に大学院を退職すると決めたときに、院生の皆さんに授業で話したことが出てきた。

ブログの下書きにメモしたまま放置してあったのを発見。

今とは考えも違ってきているけど、せっかく見つけたので載せておきます。

 

           *  *  *

 

ぼくは小学校の教員を22年間務めた後、東京学芸大学教職大学院で実務家教員として働くことになりました。3年間,教員養成にどっぷり関わり、教員養成で起きていることがずいぶんわかってきました。中に入ってみなくてはわからないことばかりでした。

 

「せんせいになっていくこと」。

簡単なようで本当に難しい。日本ではようやく教師教育学に関心が集まってきているところ。まだまだ発展途上なのが現状です。

 

先日、6人の教員で担当している「カリキュラムデザイン・授業研究演習」の授業で、学卒1年生の皆さんに、一人ずつお話ししたこと。それは「視点・視野・視座を意識して残り1年を過ごしてほしい」ということでした。

 

まずは視点。ついぼくたちは授業参観に行くと先生にフォーカスしてしまいます。
どんな授業展開を準備したのか、どんな教材なのか、先生が何を話すのか,どんな発問か、どんな振る舞いか,どう子どもの意見をつなぐのか,板書は・・・等々。
教室の後ろに貼り付いて、学習者の後頭部を見ながら,つい先生にフォーカスする。この参観の仕方に表れています。

 これまでの日本の授業は、京都大学の石井英真さんのいう、教師に導かれた創造的な一斉授業(練り上げ型授業)による知識発見学習、に価値が置かれてきたので、ついぼくたちはその授業の主たる先生に視点を置いてしまいがちです。
その場合、30人の学習者を「この学級」「子どもたち」「みんな」とあたかも1つの固まりとしてみてしまいがちでもあります。一人の発表を板書して「みんなが言ってくれたように」と先生が受けて授業を続けていくのはその典型です(本当によく出合います)。

 

本来学習者は多様です。
「子どもたち」ではなく、ひとり一人全く違うのです。
前時までのことが全員わかっているという前提で本時が組み立てられますが、これは多くの人が気づいているようにフィクションにすぎません。

前時までのことがとっくにわかっている人、今日の内容がピッタリの人、とっくにわかっていて「またかよ」と思っている人、30人30様なのです。さらにいえば、先生に説明されるとわかりやすい人、一人でウンウン考えたい人、他の人と話したり学び合うことで理解が進む人、何度も説明を聞きたい人、読んだ方がわかりやすい人、手を動かして考えたい人等々、自分にピッタリな学び方も多様です。
さらにさらにいえば、わかるペースも人によって違う。
考えて見れば当たり前のことばかりです。

学習者ひとり一人を見る「視点」を磨きましょう。

その授業の中でひとり一人の中に何が起こっているでしょうか。その子は何を感じ、何を考えているでしょうか。その子のニーズ、したいことはなんでしょうか。
一人にグッとよっていく視点を持ちたい、磨いていきたい、そう思います。
学習者理解こそが、この仕事の第一歩だと思うのです。それなくして,発問も板書もヘチマもないと思うのです。対話型模擬授業検討会でトレーニングしてきたことの中の大きな一つは、個の「学習者視点を磨く」に他なりません。

ci.nii.ac.jp

さらに言えば、「学習者になってみる」ことで、この視点は磨かれていくと思います。

大学院の授業で,新しい学習理論や学び方に出合ったと思いますが、頭ではわかってもなかなか腹落ちしにくい。これは現場の教員も同様です。なぜか。

それは、ぼくらには、1万数千時間に及ぶ「被学習者体験」があるからです。多くの人は、「座って聞く」「ノートに写す」という一斉授業を受け続けてきています。言わば徒弟として個の学び方に弟子入りし続けてきているのです。自分でも気づかないほど、この授業観が身体化している可能性が高い。

ですから、「せんせい」として前に立つと、学んできたことが吹っ飛んで「自分が受けてきた授業」を再現しがちです。

「頭ではわかっているけれどハラオチしてない」というのはなかなかやっかいです。

どうすればよいか。

学習者として体験し直すことです。状況に学び手として飛び込んでみることです。自身がプロジェクトベースで学んでみる。学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合で学んでみる。さまざまな学びの場(学校外の学びの場を強くお薦めします)に足を運び、学び手としての自分の変化を味わってみる(省察)。

学び手としての自分の変化に敏感になることで、学習者を理解する視点が少しずつ磨かれていくのではないでしょうか。

ぼくもまだ途上。たくさんの学びの場に足を運びたいと思います。

 

 

次に視座。

これは理論です。

これは端的に中原淳さんがまとめてくださっています。

 

NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する: 実務家が必要としている「理論」とは何か?: 「実践」と「理論」のあいだの「死の谷」を超えて!?

「理論にインスパイアされた眼鏡」は、実務家の方々が、おかけになると、Real Worldにある現象A、現象Bが、さらによく見えるのです。

 

理論を学ぶと,自分の中にメガネができます。

中にいるだけでは見えなかったこと、理解できなかった現象がよくみえるようになってきます。視座があがるわけです。

そのために理論を学ぶこと、これは必須です。

iwasen.hatenablog.com

 ぼくはコルトハーヘンの『教師教育学』に出合って、見え方がずいぶん変わりました。3年かかってようやくですし、まだわかってないことも多々ありますが…

 

「経験オールオッケー!」

「現場はそんなにあまかねーんだよ!」

などとならないために、自己強化にはまらないために、視座をあげるために理論を学びましょう。今ならじっくり本が読めるでしょう。他の院生と議論、対話ができます。

これ以上ない貴重な時間です。

徹底的に歯ごたえのある本に挑んでほしいと思います。経験だけでやれるほど,実は現場はあまかねーわけです。

このメガネを獲得して、現場に戻ってぐわーーっと実践を進化させていく現職院生の方々がいるのは本当に心強い限りです。今でも繋がって自主ゼミが続いていたり、校内研究のお手伝いをさせていただいたり,学びの場でご一緒したりと嬉しいつながりが続いています。視座をあげる体験。実務家ほど大事。

 

とはいえ、理論ファースト、エビデンスファーストになりすぎないように。理論から,エビデンスから実践を組み立てるを繰り返していくと,いつの間にか実践は,学習者から乖離したしょうもないものになります。

新しい理論やエビデンスは,新しい実践から生まれてきます。実践者を目指すならその志を持ち続けましょう。

 

 

最後に視野。

たくさんの場に足を運びましょう。見てみなくてはわかりません。そこに行かなくては感じられないことが確かにあります。ぼくは学生時代に恩師、平野朝久先生が主催してくださっていたバスツアーで、長野県伊那市立伊那小学校、長野県諏訪市立高島小学校、奈良女子大学附属小学校、神戸大学附属明石小学校等々、当時の先進的な実践に触れることができました。「学校でこんなことができるのか!」という驚きは,今も自分を支えてくれている体験です。

愛知県東浦町立緒川小学校の当時の実践は衝撃的でした。1980年代に学習の個別化に挑んでいたのですから!子どもが好きな場所で自分のペースで学んでいました。

31才の時に長期研修で東京学芸大に戻って来たときには、学校外の大人の学びの場に足を運び続けました。中野民夫さんの『ワークショップ』が発刊され,ワークショップ黎明期で熱を帯びていた時代です(2002年頃)。中野さんのワークに出たり、演劇のワークショップ、まちづくりのワークショップ、国際理解のワークショップ、紛争解決のワークショップ等々、ほんとうにいろいろなワークショップに参加しました。PAにであったのもその頃。

そこでのぼくの学習者体験で、

「学校教育のことを考える時に,学校教育のことだけ見ていては見えなくなる。広く社会で行われている学びを視野に入れよう」

という核心にいたりました。

「よい学びは年齢を問わない」というコンセプトが自分の中に立ったのもこの頃です。

さまざまな場にいき、視野を広げて、あらためて学校教育を眺めてみると、いろんなものが見えてくるはずです。ぼくらが「知っている」学校教育は、ほんのほんの一部です。視野が狭いと、自身の体験や実践を絶対視しすぎてしまいます。

 

今、院生の皆さんが、全国あちこちに参観に行ったり、ワークショップに参加したり、参観先で「対話型授業検討会」で授業者と対話を深めたり、読書会をしたり、放課後(?)に長々と議論をしたり、研究室に押しかけてくれて対話したりしていることは、視野が広がり,視座があがり、視点ができているからこそ起きている学びの姿だと感じています。

実践コミュニティが立ちあがってきているのですよね。

この姿が,この現象が、あちこちの小学校、中学校、高校の学習者の中に、職員室の中に起きてきたら、この国の教育はぐぐっと前に進むのではないか、そんな気がします。

よい学びは年齢を問わないと思うんです。

 

今、学校教育は変化の時です。

「視点×視座×視野」になることを目指したいなあとおもいます。かけ算だから、どれか一つが0だと答えも0。

なぜこの3つが大切なのか。

それは、これから先生になるにあたって、最も重要なことの一つは、「今の学校教育における前提の問い直し」だからです。現状の縮小再生産にならないためにも、前提にとらわれることなく、これからの教育を描いていく人になってほしい。心から願っています。

そのためにも学びましょう。本を嫌になるくらい読みましょう。たくさん場に出ましょう。人に出会いましょう。多様な人と対話を重ねましょう。

 

 そして最後に。

なにより、ぼくら自身が学ぶこと,変化することを楽しむこと。

これにつきます。

これからも、ともにおもしろがっていきましょう!

楽しくない学びなんて学びじゃないもの。

 

よく考えたら、ぼく自身がこの3年間、教員養成・教師教育学という場に立つことで視野が広がり、視座が上がり、視点が磨かれたのだなあ。現場の感覚はものすごく鈍ったたなあと思いますが・・・・・・さて、新たな現場で新たな実践を紡いでいきます。

「先生はねー」と自分を先生と呼んじゃう問題。

「先生の方を向いてください。」
「先生はね、」
学校の先生の多くはなぜ自分のことを「私」とは言わずに「先生」と呼ぶのでしょうか。
さらには、大人同士でお互いのことを「◯◯先生!」と呼ぶのも普通だったりする。

かつて企業に勤めている友人にも、
「お互いを先生と呼び合ったり、自分のことを先生っていうのって変だなって思わないの?」と突っ込まれたことがあります。

うん、本当に変だよね。

そもそも日本語の特性として、役割を一人称に使うということはあります。特に家族は多い。「お母さんはね〜」とか、「じいちゃんはな〜」とか。
でも今回はそれは置いておきます。

 

自分のことを先生と呼ぶこと、お互いを先生と呼び合うことで何が起きているか。
おそらく「役割スイッチ」が入るのではないでしょうか。
自分は先生なんだ!と自分に言い聞かせることで、「先生モード」に切り替わる。
先生という役割を演じ始める。

これはプラス面面もあるかもしれません。シャキッと仕事モードに切り替わるという意味では。
でも実はマイナス面が大きいのではないか。
学校の先生になるまでに1万数千時間の被教育体験、つまり生徒として先生と接し続ける体験を積み重ねています。その中で無意識に出来上がっていく先生という役割像。
膨大な経験から出来上がっている像なのでなかなか強力です。

意識としては「こんな先生になりたい!」という想いがあっても、自らを「先生」と呼ぶことで、お互いを「先生」と呼び合うことで、生徒に「先生」と呼ばれることで、この「無意識の先生像」を演じてしまうスイッチが入ってしまうのではないか、という仮説をたてています。
普段はすごいオモロイ人で、魅力的で、多趣味で、という友人も、一度教室に入ると、先生モードになって、マジメになって、話すトーンまで変わってしまうというのに驚いたことがあります。それでなかなかクラスが上手くいかなくなったりして、
「いつも通りの自然な感じでいれば、子どもとの関係も保護者との関係もうまくいくのに」と思わずアドバイスしちゃったりもしました。
でもそれがなかなか難しい。

つい真面目な先生という「役割スイッチ」が入ってしまう。無意識の中に眠っている「先生像」が顔を出して、それを目指して演じてしまう。
そういう側面もあるのではないかな。

自分のことを「わたしは」と呼ぶことから始めてみたらどうだろう?
まずは「わたし」として場にいること。役割は役割に過ぎないのだから。

お互いのことを「先生」と呼ぶのをやめてみる。
「〜さん」と呼ぶことから始めてみる。

ちなみにぼくは初任の頃から同僚を「〜さん」と呼ぶようにしていました。生意気にうつっていただろうなあと思ったりもしますが、続けてよかった。
廊下で「〜さん」と呼ぶと、子どもから「えー、先生って呼ばないんだ!」と囃されましたが、「だってぼくの先生じゃないしね」とサラリと。
(管理職には日和って「校長先生!」と呼んでましたが・・・・どんまい!)

もっと自由に、おもしろがって、自然な自分で、自分なりの先生像を試行錯誤してみてはどうでしょう?そのための小さな一歩は「わたし」からスタートすることではないかとやや強引に考えています。

 

そもそも自分やお互いのことを先生と呼ぶの、普通に考えて変だからね。

 

ちなみに、軽井沢風越学園設立準備財団では、お互いを「呼ばれたい名前」で呼び合っています。ニックネームの人もいれば、「◯◯さん」と名字の人も。
ぼくは「ゴリさん」です。無事開校した暁にはどうしようかなー

 

最近朝起きると、こんな感じで「なでて〜」と待っているうちの犬。。なんか猫みたい。

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校内研修を進めるのに一番大切なことって?

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秋が近づいてきたなあ。

 

先日、ある人に、
「(研究主任として)校内研修を進めるのに一番大切なことはなんですか?」
と聞かれました。

一番大切なことかあ、なんだろう。
大切なことはわからないけれど、一番覚えていることはこんなできごとでした。

 

それは研究主任になって2年目。
外部のワークショップやファシリテーションのトレーニングに積極的に出かけて行って、「学んだことを校内に活かすぞ!」と張り切っていました。2006年あたりでしょうか。研修の進め方をワークショップやファシリテーションで学んだことをもとにデザインし、われながら「先進的なことをやっている!」と自信満々でした。

実際の研修はどうだったかというと、興味を持ってくれる人と、抵抗を感じる人と半々といった感じ。一生懸命準備をしているのにノッてくれない人にいらだちを感じていました。熱烈に応援してくれる先輩いたものの、露骨に口を聞いてくれない人もいました。

なんだよ、こんなに一生懸命やってるのに。いつまで古いことにしがみついてんだよ。

 

ある日の飲み会のこと。
応援してくれていた先輩、Kさんと飲みながら研修の話になりました。
「これだけ準備してやってるんだから、もっと研修加速していいはずなんですけど、抵抗している人まだいるんですよね」
とグチを言った次の瞬間、それまでウンウンと聞いてくれたKさんは激怒しました。

 

「おまえなあ!おまえは自分が正解持ってると思ってるんだろう!自分が正しいことをやっている、自分は勉強している、自分は知ってる、とおもってるんだろう。確かに勉強してる。でもそうやって同僚を下に見てるんだろう!」

 

「そういうの出てるんだよ!」

 

「お前は人のために汗をかいているんじゃない。自分が可愛くて、自分のために汗かいているんだ!そんな奴に誰もついていかない。

お前が口を聞いてくれないといった◯さん見てみろよ!あの人は自分の仕事じゃないのに毎朝早く来て、校庭にライン引いてるんだよ。おまえ知らないだろう! みんな人のために汗かいている人がいて、そうやって学校は成り立ってんだよ。

お前みたいな自分のためにしか汗かけない奴に誰もついていかないんだよ!

人は、何を言っているかではなく、誰が言っているか、で動くんだよ!」

 

おおよそこんな話でした。
それまで賑やかだった居酒屋の和室はシーンと静まりかえりました。
もう15年も前の話ですが、今もこのシーン、そのときの空気を鮮明に残っています。

ぼくはKさんにあれこれ言い訳を重ねました。

その後先輩たちが慰めに来てくれました。

 

でも自分が一番わかっていました。その通りだと。
Kさんの言った通りだった。それが毛穴から出ていた。

学校のために、全校の子どものために、なんてお題目であって、そこまで考えていなかった。

自分のために研究主任をやっていた。

恥ずかしいぐらいその通りだった。

 

このあと狭山市の駅前で、明け方まで泣きながらKさんと話しました。
いや、説教されてました。
途中、酔っ払った指導主事が通りかかって「おまえらなんで駅前で泣きながら話してんだ」と言われたなあ、そういえば。

 

この後紆余曲折あり校内研修は進んでいきました。ぼくも少しずつではあったけれど変化できたはず。

教室でのあり方も少しずつ変わったはず。

他者と真剣に向き合うってどういうことか。

遅きに失しましたが、その試行錯誤と探究が始まりました。

きっとそれが怖かったのだと、今振り返ると思います。

 

この出来事が、ぼくのその後の根っこになってます。
人の根っこって、常に美しい、輝かしいものではない。
でも、ぼく自身に自分を発見させてくれた出来事。
思い出して嬉しい「根っこ」ではなく、思い出すたびに胸の奥がググッと苦しくなる。
この出来事でちょっとだけ進んだ自己理解が、今もぼくを支えてくれています。

今自分はどういるか、を思い出すアンカーのような役割を果たしてくれている。

情けないことに今もなお克服できていないけど・・・

 

 

「(研究主任として)校内研修を進めるのに一番大切なことはなんですか?」
の解なんてないんだよな。
どう進めるか?(方法)とか、どんな研修を?(内容)とか、その目的は?の前に、そこにいるわたしはどういるのか?を繰り返し繰り返し振り返ることしかできないのかもしれない。

劇的にうまくいく方法!なんてないんだよな。

ごめんなさい、なんのヒントにもならない話しかその方にはできなかった。

 

Kさん、今近くの学校で校長先生をされているそう。
ひさびさに説教されに行こう。

 

とはいえ、自身の「やりたい!」もとても大切で、それを手放そうという話ではないんだよな、と蛇足的に。

自分モードは圧倒的な原動力なので。

異質な人と船をこぐ。

幾多の失敗を経験して確信した大切なこと。

 

考え方を共有する同僚だけではなく、そうではない(と思われる)同僚と話し、一緒に仕事をし、時にはサポートや助言を求めること。

 

同じ考え方だから信頼する、のではなくて、
同じ船に乗っているけれど異質である他者と、
一緒に船をこいでみること。そして一緒に変化すること。

それが自分と組織の変化に大切なこと。

 

言うはやすし、横山はやすし。
何度も悩み、苦しみ、怒られ、ケンカし、
そしてようやく肚落ちしたなあ。

 

そう思うと、「月曜日に行きたくなる職員室」をテーマに研究した堀兼小での6年、うち研究主任4年は、ぼくが大きく変化した時間だった。


過日、その堀兼小の時に、それこそ一緒に船をこいだ先輩と駅でばったり出会って、いつものように「おお、いわせさーん!!」とハグしあったときに、いつものように思い出したんだ。

今はすげー仲良しだけど、最初1年は口聞いてくれず、次の年半年はずっと「そんな研究主任じゃダメだよ岩瀬さん!!」と怒られ続けていたっけ。厳しい先輩だった。

でもきっとそれがあったから、
それでもあきらめなかったから、
お互いちゃんとぶつかったから、
共に成長できたんだなあと思う。

変わるべきはぼくだったということに気づけた。

 

自分のいる場を諦めたらそこで試合終了。
諦めなくてよかった。

 

その後、一緒に外の研修会にも行くようになったもんなあ。今も毎年ぼくが地元でやっているパパママ講座のお手伝いもしてくれる。定年されて何年もたつけれど、あのとき以上にパワフルでやさしい。

 

彼女もぼくも変わった。

人には力がある。
変化の種は、常に自分の手元にある。

 

わかっているけど、くじけそうになるときもあるよね。
人間だもの。

 

でも、このような「異質な人と船を漕いで同志になる体験」は残りの人生を支えてくれる。

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メモ「ボクの自学ノート」と「幸せな子ども時代」。

こうすることが「自分らしさ」として当たり前になる学校の形、場の形とは?

7年間の歴史がつまった"ボクの自学ノート"|NHK1.5ch(NHK1.5チャンネル)

 

新しい学校のかたちは、ぼくらが思っているよりもずっとずっとシンプルなものなのだろう。

昨日、ご一緒した世田谷区立桜丘中学校の西郷校長は、インクルーシブ教育をわかりやすい言葉で

「すべてのこどもたちが3年間を楽しく過ごす」

と再定義していた。

そのためには、すべての子どもたち一人ひとりに特別な配慮が必要なのだと。

校則がないからこそ、教師と生徒は対等に話し合うことができる――西郷孝彦校長インタビュー | 文春オンライン

 

控え室で、LITALICOの野口さん、こたえのない学校の藤原さとさんを交えてお話ししていた時に「ほんとそうだ!」と共感したお話は、

「何か特別な配慮が必要な子がいたとして、その子に必要な環境や手立ては、すべての子が過ごしやすく学びやすくなる可能性がある」ということ。

以前、その子の学びやすさのために「タブレットを使わせてほしい」と保護者から依頼があった時、西郷さんは、

「では、全員OKにしましょう!」全校でOKにしたそう。

いやあすごい。

 

一人ひとりを大切にする、ということがどういうことかを改めて考えさせられた。

 

野口さんは、「インクルーシブ教育はプロセス」であると強調していた。

そのプロセスを大切にするためには、学校のかたちをもっとシンプルに。

試行錯誤しやすい、改善し続けやすいシンプルなかたちに。

 

子どもも大人も、誰にでもよくわかるかたちに。改めて「幸せな子ども時代のために」に足をぐっと置いて。子どもも大人も、自分の学び、自分の人生の「つくり手」である、ということはどういうことかをもっと考え尽くそう。

 

登壇の機会が、自分の学びになるというのは一番素敵なかたちだ。まだまだまだまだやれることあるな。