いわせんの仕事部屋

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吉野弘さん  夕焼け

詩人の吉野弘さんがお亡くなりになりました。
ぼくの住んでいる狭山市に住んでいたこともあるそうです。
なんと隣の中学校、入間野中学校の校歌の作詞者でもあります。


祝婚歌はあまりにも有名です。

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気づいているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には色目を使わず

ゆったりゆたかに

光を浴びているほうがいい

ぼくの一番好きな詩は「夕焼け」。
胸に迫る叙情詩です。
このような作品を残された吉野さんが作詞された校歌を歌えるのは、
何ともステキなことだなあと思うのです。


ご冥福をお祈りします。




夕焼け


いつものことだが
電車は満員だった。

そして

いつものことだが

若者と娘が腰をおろし

としよりが立っていた。

うつむいていた娘が立って

としよりに席をゆずった。

そそくさととしよりが坐った。

礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。

娘は坐った。

別のとしよりが娘の前に

横あいから押されてきた。

娘はうつむいた。

しかし

又立って

席を

そのとしよりにゆずった。

としよりは次の駅で礼を言って降りた。

娘は坐った。

二度あることは と言う通り

別のとしよりが娘の前に

押し出された。

可哀想に。

娘はうつむいて

そして今度は席を立たなかった。

次の駅も

次の駅も

下唇をギュッと噛んで

身体をこわばらせて−−−。

僕は電車を降りた。

固くなってうつむいて

娘はどこまで行ったろう。

やさしい心の持主は

いつでもどこでも

われにもあらず受難者となる。

何故って

やさしい心の持主は

他人のつらさを自分のつらさのように

感じるから。

やさしい心に責められながら

娘はどこまでゆけるだろう。

下唇を噛んで

つらい気持ちで

美しい夕焼けも見ないで。
 

吉野弘詩集 奈々子に (豊かなことば 現代日本の詩 6)

吉野弘詩集 奈々子に (豊かなことば 現代日本の詩 6)

より。