教師の構え
ボクが愛読している内田樹さんのブログの今日のエントリーはとても興味深い内容でした。
CS minded teacher
http://blog.tatsuru.com/2007/06/21_1049.php
内田さんは「子どもたちの学びへの動機づけ」=「学ぶことへのニーズ」は、最初からそれ自体が存在しているものではないと言います。
多少は存在するかも知れないけれど、「学ぶことへの欲求」というようなクリアカットな輪郭を持っていない。「食べることへの欲求」や「遊ぶことへの欲求」とごちゃまぜになってうごめいているだけである。
この欲求だけを選択的に分離し、記号化し、そのような「ニーズ」が子どもたちの中に存在することに気付かせるのはサプライヤーの仕事である。
では、どうやって気づかせるのか?
内田さんはこう喝破します。
教師自身の内側で「学ぶことに対する欲求」がいきいきと活動していることである。
うーんなるほど。
「教師はモデルである」というのは、『ライティング・ワークショップ』にも出てくるトピックで、実は教育の基盤そのものなのかもしれません。
「学ぶことに対する欲求」は「学ぶことへの欲求」を現に生きている教師からしか学ぶことができない。
もし、子どもたちに学びを動機づけたいと望むのなら、教師自身が学ぶことへの動機を活性的な状態に維持していなければならない。
教師自身がつねにいきいきと好奇心にあふれ、さまざまな謎に惹きつけられ、絶えず仮説の提示と反証事例によるその書き換えに熱中していること。
それが教育を成立させるための条件である。
すごく納得!
さすが内田樹です。
ちなみに、内田さんの本も面白いです!是非ご一読を。