いわせんの仕事部屋

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振り返ればよいという話ではない。

大学時代、長期研修時代、修士時代と大変お世話になった先生の研究室でうかがって心に残った言葉。

 

「授業はうまくいっているときが要注意なんだよ、岩瀬さん。」
流れができてしまっているから、その流れの中で、子どもは本当のことが言えなくなってしまっているかも。うまくいってると思っていると起きていることが見えなくなっていく。授業に限らないことだなあこれは。

 

「振り返りは、子どもの求めではなく、教師の求めで行われていることが多い。」

授業の最後は「振り返り」と定型化することへの違和感を話されていた。常に「子どもにとってどういう意味があるのか?」を問いながら、子どもにとって必然性のあるタイミングなら振り返りをやる意味がある。

振り返る=対象から引きはがす」行為にもなりかねない。

活動に没頭しているときに止めるほどの必然性があるのか。1時間程度で振り返る必要があるか。教師のためなのか、子どものためなのか。活動をとめるとはどういうことなのかを絶えず問うこと。
振り返りで閉じるのではなく開いた状態で終わって継続していくといい。

 

子どもの必然性からシンプルに考えること。

 

対話の中で、リフレクションは、ある種の自己否定を伴うので痛い。でも本当に痛い思いをし続けているのは、その先にいる子どもだという話にもなった。

「はじめに子どもありき」という言葉は、言葉としてはシンプルだが、そうあり続けることは本当に難しいことなんだと言うことを改めて考えた。

 

年々恩師の背中に近づいているどころか、さらに先に行かれてしまっている感じ。