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いわせんの仕事部屋

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【まだメモ書き】管理職になりたい人が減っている。

【思考のための思いつきメモ】

 

管理職になりたい人が減っている。

都市部では特に深刻で、ボクの妹の勤務する大阪市では、

すべての学校から1人は教頭試験を受験させるような指導をしているそうだ。

(ひえー)

東京都でも管理職試験の倍率が平成19年から2倍を切っている・・・

 

管理職になるって本当は「学校づくりができる」ステキな役割のはず。

なのにどうして減っているのだろう?

 

大阪市教委:市立校の教頭不足 土日は地域行事、

睡眠時間短く 「体も心もボロボロ」

毎日新聞 2013年07月27日 大阪朝刊


小中学校の教頭不足に悩む大阪市教委が今年度、候補者を指名して昇任試験を事実上義務付ける異例の策に乗り出した。同市では、橋下徹市長の就任後、学校選択制や民間人校長の導入などで職場環境が激変し、負担が増え続けている。「受験を強いるより労働環境の改善が先では」。教育現場からは悲鳴も聞こえてくる。


「今年度は特段の事情がない限り試験の出願を行っていただくことを予定しております」。市教委が5月、全市立学校長宛てに出した通知には、強い危機感がにじむ。市立小中学校の教頭昇任試験の受験者はこの10年で5分の1以下に減少。不人気の背景には過酷な勤務がある。


「睡眠時間も少なく、体も心もぼろぼろだ」。ある40代の市立小教頭は毎朝6時過ぎに登校、帰宅は午後11時を回る。自宅に仕事を持ち帰ることも多い。地域行事への出席などで土日も休めない。

市教委からは報告や調査を求めるメールが1日数回送られてくるといい、「児童や保護者と接したいが、日中は事務作業に忙殺される」と嘆く。

 

大阪市特有の事情もある。昨年度以降、保護者らの意見を学校運営に反映させる「学校協議会」を各校に設置。来年度は、約半数の区で学校選択制

を導入するなど教頭の事務量は増え続ける。一方、市教委は今春から校長を公募で採用し、来春は半数を民間から選ぶことを決めている。


ある中学校長は「教頭から校長に昇任する道が狭くなり、教頭のなり手はさらに減るのでは」と懸念する。

 

最も大きな要因は、大阪に限らずこの「圧倒的な多忙」。業務の過重負担であることは間違いない。

でもそれだけだろうか?他の角度からも考えていたい。

 

 

 

①「実践」を手放したくない


管理職になるということは、マネジメントにあたるということ。
マネジャーの仕事は、中原さんの『駆け出しマネジャーの成長論』によれば、

「他者を通じて物事を成し遂げた状態」にすること。

 

駆け出しマネジャーの成長論 - 7つの挑戦課題を「科学」する (中公新書ラクレ)

駆け出しマネジャーの成長論 - 7つの挑戦課題を「科学」する (中公新書ラクレ)

 

 

 学級担任や教科を担当している教員にとって、自分の実践の手応えを大きなやりがいの一つにしている。

「子どもとの間の実践」が自身の仕事の中核。

管理職になるということは、この中核を棚上げすることに他ならない。

先ほどの中原さんの定義に戻ると、

管理職になるということは、自分が実践をするのではなく、他の教員を通じて実践していくことになるのだ。

手応えが間接的になる。

 

さらに、その役割は、これまで求められていた力と違うことが求められる。

そもそも「実践が楽しい」と思っている人にとっては管理職が魅力的に感じられないのもわかる。

(ボクの周りの知り合いの実践家にはすごくすごく多い!ボクもそうだった。)

 

 

 

②魅力的な「モデル」が少ない

 

管理職や指導主事を目指している方、なられた方にお聴きすると、

目指そうと思ったきっかけに「魅力的な管理職との出会い」がよく挙げられる。

あの人のようになりたい、という「あこがれ」が目指すきっかけになるのだ。

また自身が、魅力的な学校に勤務した経験のある人は、管理職になると「このような学校を創ることができるのだ!」という未来への期待が生まれる。

 

言い換えると、そのような出会いをする人が少ない=魅力的な学校、管理職が少ないということも関係しているだろう。

これはとても残念なことではあるが・・・・

 

ましてや組織のマネジメントは、今までの現場で求められていた力と(一部は重なるものの)違う力が求められる。

その力はどう身につければよいか、その道筋が見えにくい。

その力を身につけないまま管理職になり、なってからもどう身につけていけばよいかわからないまま日々の業務に忙殺されてしまう。

その方の担任時代に兼ね備えていた魅力が、管理職になったことで同僚から見えにくくなる、ということも起きる。

そんな姿を見てあえて目指そうとしないのもうなずける。

 

 

③自由度が少ない(ように見える)

学級担任、教科専科の教員をしていると、ビックリするぐらいの自由度と裁量権がある。そしてそれに思いっきり慣れている。それに比べ、

校長、副校長、教頭は文科省、教委からのプレッシャーで自由な学校運営ができない。

と思い込んでいる(②のモデルの話につながっている)。

実際はどうか?

これはある程度は「思い込み」だと思う。(もちろんプレッシャーはあるだろうが)

校長になれば、教職員の力を引き出しながら理想の学校づくりをすることは可能だ。

もちろん、それを支える制度(例えば人事権や予算)が追いついていない面はあるが、どんなときでも現実的な制約はある。組織マネジメントの工夫でやれることは思っているより多いし、現に魅力的な事例も少なからずある。(それが知られていないのも問題だなあ。)

そんな学校の職員はとても幸せそうだ。

ボクが今関わらせていただいている横浜市立永田台小学校はこの好例の一つだ。

横浜市立永田台小学校

こんな学校づくりにチャレンジできるのは、管理職の仕事の魅力だ。

 

ただ、「ではどうマネジメントすればよいのか?」ということを学ぶ機会が少ない。

「モデル」が近くにない場合、教員生活数十年の「徒弟制」の中で「学校組織とはこういうもの」という無意識の前提が強固に作られてしまい、イノベーションを起こすための手立てを知らない可能性がある。

日本では、校内研修で顕著だが、学校づくりというとどうしても「教科内容」に拘泥してしまい、組織形態への関心が薄かった。(ここ最近は学校経営の知見も貯まってきていて、現場の参考になるものもあるのだが、現場が知るチャンスがない残念さ・・)

 

これは現場の教員にとって「あるある」だが管理職になって、自分が得意な「教科」で学校を作ろうとする人がいるのはこのためだろう。

 

 

 

以上思いつくままに書き散らしてみた。

ボク自身、4月から小学校現場を離れ、教職大学院で教員をやることになった。

直接子どもと「実践」できなくなったわけだ。

それに対する喪失感みたいなものは想像を絶するものだった。

管理職を目指さない人が多いのもその面からも共感する。

 

でも9ヶ月経ち、心境に変化が生まれてきた。

学校単位で変化が生まれているところにお邪魔する機会が増え、

「学校単位で変化していくことのすばらしさ」を実感したからだ。

その学校の子どもたちは「クラスの当たり外れ」を超えて、幸せに成長していける。

そのような学校が増えていくことが、幸せな子ども時代を過ごせる子どもたちが増えていくことになる。

「学級や教科で実践を積み重ねていくことで教育の発展に寄与するアプローチ」と

「組織マネジメントで学校単位で教育の発展に寄与するアプローチ」が融合すると、もっと日本の教育は前に進むんじゃないか。

 

そのようなチャレンジをする管理職が増えると、大正自由教育からの重厚な蓄積がある教育実践がより生きるのではないか。

となると、志を持った管理職が増えてほしいなあと切に思うわけだ。

(どんな志か、は一番大事だったりするけれど、これはまた改めて。これへの回答の一つは「どんな社会にしたいか」である。)

幸い今仕事している教職大学院では、高い志を持って管理職を目指している現職院生の方々と巡り合い、未来を感じている。こういう方々が増えれば必ず点が面となり変化になるはずだ。

 

なにより、教員の力を引き出し、協働を生みだし、教員の成長を促し、「学校の先生には力があるんだ」ということを実践的に示せるのは、管理職ならではの魅力的な仕事だ。それは学級担任の仕事と入れ子構造だ。 

 

 

まあちょっと理想的に書いてしまった。

 

「管理職になるプロセス」は思っているより大変だろう。

ちょっと過激な書き方になるが、その大変なプロセスの中で、

いつの間にか志が「削られてしまう」こともあるだろう。

だがしかし、だがしかし。

より積極的に「管理職を目指す!」という人が出てくるといいなあと最近思うのでありました。

 

昔、徳島の算数教師、新居信正が、

「上を向いて歩こうは坂本九だけでいい。われわれは子どもに向かって歩くのだ」

と喝破していたが、

子どもに向かって歩く管理職がもっと増えていけば、学校が変わる可能性がうまれるんじゃないか。

 

 

 

閑話休題。

最近たまたま目撃した、ある学校でのエピソード。

1年生が学校探検?で、職員室に来て、教頭先生に、

「先生たちが学校で一番大事にしていることは何ですか?」

と質問した。

教頭先生は、

「それは、みんなのことでしょうね。みんながね、明るく元気に学校来ているかな、ってことを一番大事にしているんですよ」

って応えてました。

これこそ「子どもに向かって歩く管理職」だなあと感激しました。

 

 

 

ボクも今の立場でできることを探して、あれこれ試行錯誤してみたい。

 

 

補足:

「管理職は教師教育者である」という役割。

これが新たな管理職像の地平を開く。優れた管理職はこれをやっているんだよね。